獣と王宮3
葉菜が扉の中へと入った瞬間、ざわついていた室内は途端に静まり返った。
中には男性ばかりが20名ほど、見るからに高級そうな席についていた。
一人ウイフと同年代に見えるずば抜けて高齢な姿の老人がいるものの、ほとんどが4、50代の中高年くらいの男性だ。
ザクスが年齢を知っているせいか、ずば抜けて若く見える。ついで20代か30代か程の人が、ちらほら見受けられる。
しかし忘れてはいけない。ここは老け顔が多い異世界だ。もしかしたら葉菜が推測した以上に全体的に年齢は低いのかもしれない。
中にいる人物は、皆驚愕の表情を浮かべて、葉菜を見つめていた。
「--魔獣、だと…?」
最初に声を発したのは、高齢の老人だった。聞こえた声に、彼が先程までザクスにつっかかっていた人物であり、おそらくはザクスがその名を挙げた「ゴードチス閣下」であることが分かった。
葉菜はゴードチス老人の言葉を無視して、ただザクスの方へと真っ直ぐに足を進めた。
ザクスのすぐ脇に移動すると、葉菜は首だけを軽く動かして、ザクスにすり寄って見せる。まるでプライドが高い獣が、特別な人物にだけ恭順を示すような仕草で。
ザクスはそんな葉菜の様子に一つ頷くと、緩慢な動きで葉菜の頭を撫でて見せた。
ザクスがあらかじめ葉菜に話していた、筋書きを忠実に再現しながら。
葉菜は今回の議会に参加するにあたって、ザクスからいくつか指示を受けていた。
話すな。
ザクス以外と交流するそぶりも見せるな。
必要最小限の行動以外とるな。
自分の行動を信用されてないようで腹がたつものの、ザクスの指示には納得が出来る。
葉菜の声は、甲高いキンキン声だ。念話を使っても、それは変わらなかったし変える方法はまだ拾得していない。
声は、対象を印象づける重要な要素だ。葉菜の声では何を話しても、侮りの要素になりかねない。
そもそも魔獣の生態自体かあまり知られていないため、議会に参加している人間は葉菜が人間の言葉を行使出来ることは知らないのだ。ならば、わざわざその無知を知らせてやることはない。
皇太子であるザクスにしかなつかない、 気高い力ある獣。
周囲に、葉菜をそう思わせる必要があった。
ザクスを侮る周囲に、ザクスの力を示す重要な要素だ。
下手な行動は取れない。
「先日契約を結んだ俺の魔獣だ。――まだ幼く躾がなってなかった為、後宮で教育をしていた。今日人前に出しても恥ずかしくない状態に出来たから、皆々様にみてもらおうと思って連れて来たんだ」
ザクスが周囲を見下すような、完璧悪役の嘲笑を浮かべて言い放った、
(ちょ、ザクス。喉撫でんな。盛大に鳴ったら雰囲気ぶち壊したぞ)
ザクスの指にソフトタッチで喉を撫でられ焦りを覚えながら喉元をザクスに晒すも、なんとか喉の鳴りかたを適度な上品なものに押さえられた。
確かに喉を撫でるのを許されるほど、葉菜がザクスに恭順を示していることを見せつけるのには有効な行為だが、打合せにないことはやめて欲しい。
葉菜は咄嗟に機転を効かせたり、応用したりするのがとても苦手なのだから。
「――さて、俺の後宮通いの理由が分かっただろう?誰か何か意見があるものでもいるか?」
ザクスの問いに、室内の人間は皆苦々しげな表情を浮かべるものの、何も言わない。何も言えないのだろう。
(……いや、皆ではないな)
何だか、一人やたら表情を輝かせて、葉菜を食い入るように見つめてい人がいる。明らかに浮いた反応だ。
20代後半くらいの、ハンサムな青年だ。
動物フェチなのだろうか。にしても、何だか視線が怖い。悪寒を感じるのはなぜだろうか。
葉菜は不自然でない範囲で、身を隠すようにザクスの後ろへ移動した。
「――意見はないな。ならば、議会をはじめよう」
ザクスが口端を吊り上げて高らかに言い放った。




