獣と王宮1
「明日、お前を城に連れて行こうと思う」
ザクスの突然の言葉に葉菜は眼を丸くした。
後宮に来てから半年以上になるが、葉菜は未だ後宮を出たことはない。悪く言えば引きこもり生活を送っている。
動き回る際も出歩くのはもっぱら後宮の庭だけだった。そしてそれで十分なくらい、後宮の庭は広い。
もともとインドア派の葉菜にはさほど苦痛ではなかった為、脱走をはかった時を除いては特別出たいと思ったこともない。
何となく、出たらザクスには不都合があるんだろうと思っていた。
葉菜のような大型の獣が、街や城内を自由に歩くのを許されるわけはないだろうから。
「半年以上お前の存在を隠してきたが、そろそろ限界そうでな。城では、俺が謎の美姫に夢中になり後宮に閉じ込めて寵愛していると評判になってきている。時期王に媚を売っておきたいアホどもが、誰が出し抜いたのかと探り合う様が鬱陶しくてな。戴冠式前に、ネタばらしをしてやろうと思う」
あっさりと告げられた状況だが、突っ込みどころがいろいろ満載だ。
まず、14歳の男の子が妾狂いを噂されるというのはどうなのだろうか。異世界ではそんなことはよくあることなんだろうか。
まあ、元の世界でも外国の少年王が、教育係りの年上美人にぞっこんになった史実もあるのだからおかしくはないのかもしれないが、なんとなく違和感を感じる。やはり年齢に関する概念の差は大きい。
(……しかし悪い顔しとんな。ザクス。似合うけど)
何かを企む、不敵な悪どい笑みは、ザクスによく似合う。しかし完全に悪役の笑いだ。敵ばかりのなか孤立奮闘する哀れな少年皇太子には見えない。かと言って味方が多いわけでは、けしてなさそうだが。半年以上も一緒に過ごせば、ザクスの立場が不安定そうなことくらいは察しが付く。
王宮に蔓延る魑魅魍魎達をだまくらかしたりして、上手くあしらっているだろう。恐らくは自分一人の力で。
ザクスはそれが出来る能力を、齢14にして持っているのだ。
じわりと胸の奥に黒い感情が沸くのを、慌てて押さえ込む。
ザクスは仮にも自分の主人だ。ならば、その能力を誇るべきだ。あまりにもその感情は、今の状況は場違いだ。
(自分は従獣として、ただザクスに従えばいい)
ザクスに従って、ザクスが危険だと判断したら、覚えた魔力を使って守ればいい。
それが、葉菜が必死になって求めたものだ。欲しいものを、温もりを、居場所を求める為に必要な行動だ。
ただそれだけを考えればいい。余計なな醜い感情に、煩わせられる必要は、ない。
葉菜は芽生えた認めたくない感情に、蓋をした。
(うぉーすげぇ!!城だ!!王宮だ!!)
葉菜は興奮で尻尾をぴこぴこ揺らしながら、赤絨毯が敷かれた廊下で足を進めた。
絨毯がふっかふかだ。
白磁の壁も美しい。
廊下の端に並べてある、高そうな鎧や美術品も圧巻だ。
葉菜はヨーロッパ旅行などしたことはないので、西洋風のお城がどんなものか分からない。せいぜい某テーマパークの、お伽のお城を見たことがあるくらいだろうか。それすら記憶が曖昧だ。
しかし葉菜が今いる場所は、イメージやゲームでしか「王宮」を知らない葉菜の期待に、ぴったり応えてくれる、理想の王宮だった。思わずわくわくした気持ちになってしまっても仕方ないだろう。
ザクスが後宮で、なんか特殊な―使用しているところをみても葉菜にはいまいち何をしているのか分からなかった―転移魔法を使った結果、葉菜とザクスは書斎のような場所へと運ばれた。
本棚の本の一つを動かすと、隠し扉が現れた。フィクションでしか知らないからくりを実際に見れたことに感動を覚えながら、扉をでると王宮の廊下に繋がっていたのだった。
「あまり騒がしくするなよ。ネタ晴らし前にお前の存在がばれたらつまらないだろう」
前を歩くザクスに釘をさされ、一つ頷くと出来る限り足音を消す。
だけどやはり見慣れぬ特別な空間に好奇心を刺激され、視線はついついあちこちと彷徨ってしまう。




