獣の成長1
葉菜は他人が苦手だ。
他人は怖い。
葉菜は空気が読めない。何が普通か、分からない。
他の人がどんな風に思っているのか、察することが出来ない。
昔からそうだった。人とのコミュニケーションがうまく取れず、いつもそれに苦しんでいた。
そんな自分が異世界に突然飛ばされてきた。 当然ながら、知り合いなどいるはずはない。血の繋がりにすがれる家族もいない。
何もないところから、自分の力で一から人間関係を構築しなければならない。
それは生きる為に仕方がないこととはいえ、葉菜にとって苦痛であり、恐怖だった。
だからこそ、葉菜はジーフリートを喪い、獣になった当初、人間関係というしがらみを一度捨てようとした。
誰とも関わらず、一人だけ、一匹だけで生きていこうと思った。
そうすれば、きっと楽だと、その状態が自分にとって一番の幸せだと思っていた。
だけど、ザクスと会って、無理矢理契約を結ばれて。
逆らって、吠えて拒絶して、歩み寄られて、依存が芽生えて、温もりを知って。
リテマやウイフ、おまけにヘタレと交流をして。
レアルが自分を気にかけていることを気付かされ。
葉菜は思い知った。人は人と繋がらなければ、生きられないのだと。
それは体が獣に変わっても、一緒だった。
単純な利害とは関係なく、本能が「誰か」を求めるのだと、葉菜は知った。
そしてその為なら、自分は必死になれるのだと、駄目な自分を変えようと出来るのだと、葉菜は24年間の人生の中で、はじめて知った。
「――出来、た」
葉菜は自分の意思に会わせて、自在に大きさを変える炎を、茫然と眺めた。
魔力の放出の調整の感覚が身に付いても、当然ながら、簡単に魔力コントロールが出来るようになるわけではなかった。
何度も魔力を放出させすぎて、火事を起こしかけたり爆発させたし、酷いやけども負った。レアルの凄まじい効果の薬がなければ、葉菜の全身はやけどの痕だらけだったろう。
痛かったし、苦しかった。
酷い肉体的苦痛に、何度も決意は鈍った。
それでも、葉菜は訓練を続けた。
諦めなかった。
諦めることが出来なかった。
最早執念といってもいい。
葉菜はそんな強い思いが、意思が、自分のなかに芽生えたことに驚いた。
驚いて、その事実が、堪らなく嬉しかった。
そして、ザクスの戴冠式の一月前まで迫った今日、葉菜はようやく魔力コントロールの修得に成功したのだった。
「……ザクスっ!!」
放心状態から我に帰った葉菜は、傍に控えていた主人の名を呼ぶ。
だけど、ザクスは表情一つ変えずに、葉菜が変化させる炎をながめた。
「……まだまだだな」
返ってきた言葉は、あまりにつれない。
「展開が遅いし、炎の大きさも安定していない。60点といったところか」
思わず耳がぺたんと伏せ、立ち上がっていた尻尾が力なく垂れる。
必死に頑張ってきたのに、あんまりな評価ではないか。
葉菜が半べそをかきかけた瞬間、近づいてきていたザクスはにやりと口端を吊り上げた。
一緒にいる時間が長くなるにしたがって、よく見かけるようになった、性格が悪そうなザクスの笑み。
「――だが、よくやった」
そういって、ザクスは葉菜の頭を、くしゃくしゃにかきなでた。
「数ヵ月という短い期間で、よくここまで頑張ったな。……お前と契約して良かった」
つん、と鼻のおくがひきつった。
ぶわりと目から涙をこぼれて、視界が霞む。
下げて上げるとか、ズル過ぎだろう。
何かを口にしたかったが、言葉にならず、ただしゃくりあげそうになるのを必死で耐えた。
嬉しい。
努力が報われたのが、嬉しい。
努力を報われた結果が、ザクスに認められて嬉しい。
ザクスに自分の存在を、「契約」という「絆」を、肯定されたのが嬉しい。
目から流れる涙に比例して、だらだらと鼻水も流れてきた。
慌てて鼻水を啜るも、到底おっつかない。
鼻で息が出来ないから、口で呼吸をしようとしたら、今度は我慢していたしゃくりが出てきた。
あまりにも絵にならない、間抜けな泣き方だ。
だけど、沸き上がってきた喜びが大き過ぎて泣き方の制御なんか不可能だ。
ようやく修得したばかりの魔力コントロールも、生理的な行動まではコントロールしてくれない。
無様な泣き顔を晒す葉菜の様子を、ザクスはにやにや笑いながら眺めていた。
自分との感情の強さの差が、余裕な態度が腹立たしい。
(こんにゃろめ。ザクスにも私の喜びの深さを共有させたる)
そう決心した葉菜は、沸き上がるパッションに身を任せて、ザクスに突進した。




