獣とツンデレ7
(あのとき傍にいなかったはずなのに、どうして私が獣に変わったのか分からないけれど)
「……あぁ、そうだ忘れてた」
舌打ちを一つこぼした客人は、体を覆ったひらひらと長いマントのようなもののポケットを漁ると、香水のような小瓶を取り出した。中には透明な液体が入っており、取手上の部分に麻紐がくくりつけられていて輪状になっている。
「いたっ、ちょ、痛っ!!」
客人は紐の輪の部分を、葉菜の頭いきなり被せてきた。
毛が紐に絡まる痛みに葉菜は抗議の声をあげるも、客人は葉菜の訴えを聞くことがなく乱暴に紐を首の辺りまで引っ張り落とす。
「――やっと入ったか。しかし太ぇ首だな」
不本意な言葉に、葉菜はムッとしながらも自身の首の辺りを見やった。
エネゲクの輪に重なって、小瓶がネックレスのように下げられていた。余り質が良くない麻紐であることは、犠牲になった可愛そうな毛たちが証明しているが、輪に阻まれているため、動いているうちに毛が絡まって痛い思いをすることはなさそうだ。
「なに、これ?」
葉菜は首を横にこてん、と傾けながら尋ねる。なかなか愛らしい仕草だと自負しているが、客人は眉間の皺を増やすだけで特に反応を示さない。
嘆かわしいことだ。どいつもこいつも動物愛の精神が足りない。
まあ、客人の正体が葉菜の想像通りなら、当然といえば当然だが。
「俺が扱っている水薬だ。どんな怪我だろうが、病気だろうが大抵のもんには効果がある。効果の大小はあるけどな。患部に塗っても、そのまま飲んでも効く」
そういえば、客人は薬売りか何かだと、ザクスが言っていた。
猜疑心が強そうなザクスが購入する品なのだ。効果は当然実証済み何だろう。
「くれるの?」
「あほ。ツケだ、ツケ。後でてめぇの主人の糞皇太子からぶん取ってやんだよ。勘違いしてんじゃねぇ」
つまりはくれるということだろう。
素直じゃない客人の優しさに、葉菜の尻尾と耳はぴんと立ち上がった。
「……訓練でお前だけの時に大怪我したり、魔力暴走させかけたら使え。てめぇの手でうまく首から外せねぇようなら、紐をちぎって瓶を地面に叩きつけて割って中身を舐めろ。そうすりゃあ最悪の事態は防げる。糞太子にたっぷり売り付けてやってるから、使ったらあいつに補充して貰え」
そう言いながら、客人は真剣な琥珀色の瞳を葉菜に向けた。
「……俺がわざわざてめぇに時間を割いて訓練してやったんだ。魔力暴走させて死にやがったらぶっ殺すぞ」
「……いやいや、死んだ、殺せない」
明らかにおかしい客人の言葉に突っ込みを返しながらも、葉菜は胸の温かさが全身に広がっていくように感じていた。
何だか泣きそうだった。
あまりにもその温かさが優しくて、嬉しくて、涙が溢れそうだった。
「――ありがとう。レアル」
葉菜は顔をくしゃくしゃにしながら、心からの感謝を客人に告げた。
客人と別れてから、葉菜はザクスの元に向かった。
ザクスと新しい玩具で遊んでやって、(あくまで遊んで「やった」のであるこれは譲れない)御風呂でリテマに洗って貰う至福の一時を過ごす。
ザクスと一緒に、ヘタレの超絶絶品夕飯をたいらげ、部屋でまったりする。
そして、一日の最後はいつものようにザクスと隣合ってベッドで眠る。
伝わるザクスの熱を感じながら、葉菜は微睡む。
自分を心配してくれる存在が、いる。
自分の傍にいてくれる存在も、いる。
それが、どうしようもなく幸せだった。




