獣とツンデレ6
葉菜は尻尾を股にはさんで脅えた。
ウイフから魔力が暴走して死んだ穢れた盾が二人ほどいたことは聞いていたがそんな恐ろしい死に方だったとは。同じ穢れた盾として、震えを禁じ得ない。
絶対に自身の力を過信はすまい。
葉菜は改めてそのことを肝に銘じた。そんな恐ろしい死に方絶対にごめんだ。
その後の魔力のコントロールの訓練はは、主に魔力を少なく放出することにつきた。最初に放出した魔力でも放出量は多く、実際に火の魔法を使った際、爆発する可能性があるらしい。
少なく魔力を放出する。これが非常に難しい。全体の保有魔力量から適切な割合を測るには、葉菜の魔力量があまりに多すぎた。
例えるならそれはたっぷりと水が入った水差しから、器具も何も使わずに丁度1dlの水を出せというようなものだ。2dlだと多すぎて魔力が暴走する恐れがあるし、かといって少なすぎても魔法は発動しない。
かなり慎重で、繊細な調整が必要とされた。
それでも何度か回数を重ねるうちに、へたくそなりに徐々に魔力の放出量の調整ができるようになっていった。
「…よし、まあ、こんなもんか。実際魔法と併用しねぇとうまくいくかわかんねぇが、感覚としては掴めただろう」
ようやく客人から合格の言葉を貰った時には、太陽はほとんど沈みかけていた。
「…ありがとう」
「ふんっ、別に礼なんぞいらねぇ。ただの気まぐれだ。だけどせっかく俺がここまでやってやってやったんだ簡単におっちぬなよ」
相変わらずツンデレ全開でそっぽを向く客人を生ぬるい目で見つめながら、葉菜は不思議な気持ちになった。
(なんでこの人は、私の為にここまでしてくれるんだろう)
客人がツンデレ気質なのはよくわかった。以外に面倒見がよく、優しいことも。それにしても、何で初対面の自分をここまで気に掛けてくれるのだろう。
自分に恩を売ったところで、何のメリットもないだろうに。
「…名前」
「ああん?」
「名前、教えて」
ここまで世話になったのだ。名前ぐらい知りたい。
そう思って発した言葉は当然といえば当然のものだったが、何故か客人は渋い顔をした。
「あー…」
「『アー』?珍しい名前」
「ちげぇよ!!…あー、そうだ、『レアル』だ!!『レアル』!!当然仮名だけどなっ」
(『レアル』?)
真名は人を縛る為、この世界で仮名を名乗るのは当然だ。
しかし、どこかで聞いたことがある響きなのは気のせいだろうか。
葉菜は胸にもやもやした何かが湧き上がってくるのを感じながら、目を細めて客人を眺めた。
客人の顔は赤く染まっているが、丁度夕日が差し込んでいる為、それが照れ故が夕日のせいか分からないのが惜しい。
真紅の髪が、夕日のせいでまた違った色合いに見える。
光の加減で色を変える赤い髪。
単色ではなく、部分によって赤の種類が異なるその複雑な色合いを、葉菜は知っているような気がした。
琥珀色…鮮やかなオレンジ色の、その瞳も。
葉菜の脳裏に、美しい鳥の姿がよぎった。
「あ…」
「どうした?アホ面して」
「えと、あの、ひょっとして…いや、何でもない」
問いかけようと口を開いて、葉菜はやめた。
もし葉菜の推測が当たっていたとしても、このツンデレの麗人はけして認めはしないだろう。
恥ずかしがって、以後葉菜の前には姿を見せようとはしないかもしれない。
ならば、下手なことを口にしない方がよい。
だけど、もし。だけど、もし葉菜の考えが当たっていたら。
「――何だ。今度は急ににやけだして。気色わるぃ」
思わず口元が緩んでいたらしい。客人は、心底嫌そうに可愛くない憎まれ口を叩いてくるが全く気にならなかった。
まさか、とは思う。
だけど人間が獣に変わる世界だ。
逆だってありうるだろう。
(もしそうなら。そうだったら、私を心配してわざわざ会いに来てくれたんだよな)
葉菜は胸の奥に、温かいものが広がるのを感じた。




