獣とツンデレ5
葉菜は元の世界で一応資格兼身分証明書として車の免許を持っていたが、車は運転しないと決めていた。
葉菜の故郷の田舎では車がなければ生活出来ないが、就職を機に交通網が発達した都会へと引っ越したから、特に不便はなかった。その為に都会に就職したといってもいい。
自分が運転なんぞしたら洒落にならない事故を起こす。そんな確信があった。
そのことを話すと悲しいかな、葉菜の周囲の人間は遠い目で納得していた。「お前の運転する車には、絶対乗りたくない」という言葉も添えて。
注意欠陥。視野狭窄。集中力が持続しない。思い込みが激しい。空想癖。
車の運転に向かない理由をいうなら、これらの言葉を並べるだけで十分だろう。
なんせ自転車で電柱に突っ込んだ経験が複数回あるような女だ。仕事で同じようなミスを繰り返し、一つ改めたら一つが抜けるような阿呆だ。車の運転なんか、まともに出来るはずがない。
葉菜はそういった面で、自分自身を絶対に信用しない。
車は運動を誤れば自分は勿論、他人をも殺めてしまう可能性がある凶器だ。
葉菜ほど注意欠陥傾向がない人間でなくても、事故を起こしている人間は山ほどいる。
うっかりで誰かを轢き殺してしまい、家族に迷惑を掛けて莫大な損害賠償を払いながら、遺族の恨みを向けられながら罪悪感に苛まれて生きるのなぞ、絶対にごめんだ。それならば、最初から運転なぞしない方がいい。
そう思って、葉菜はペーパードライバーを極めていた。
この世界での魔力は、元の世界では車に匹敵する、否、それ以上の凶器だ。
そんなものを葉菜が、本当に扱いきれるのだろうか。
暴走させて、自分や他人を傷つけ死なせるのではないか。
「――怖ぇか?」
「怖い」
客人の問いかけに葉菜は即答した。
使い方一つで爆発する爆弾が体の中に埋まっているようなものだ。
怖い。
怖くないわけがない。
「魔力コントロールの習得を、したくなくなったか?」
だけど、葉菜は続く質問にも即答できた。
「ならない。習得、する」
魔力コントロールの訓練が、その爆弾を刺激してしまうのではないかという懸念はある。訓練を行うことに対する恐怖も。
だが魔力という爆弾は、葉菜が訓練をしようがしまいが、体内にあるのだ。
刺激しないように極力気をつけていても、何がきっかけで暴走するか分からない。
ならら多少のリスクを背負っても、自分の体内の魔力を理解し、制御できるようになっている方が最終的には安全である。
「……そうか」
(……うんわぁ!!んきゃぁ!!ぐわっは!!)
葉菜の言葉に口許に弧を描いた客人が、かがみこんで葉菜の顔を覗きこんできた。
至近距離でみる美貌に、葉菜は内心奇声をあげた。
心臓がかつてない勢いで、早鐘を打っている。魔力暴走で死ぬよりも早く、心臓が破裂して死ぬのではないか。
「―なら、もっと怖がっておけ」
美しい唇から漏れた吐息が顔にかかり、葉菜はくらりと一瞬意識が跳びそうになる。
年齢は大人、中身はお子様な葉菜には少々刺激が強い。
「怖がれ、脅えろ。そして脳内にその恐怖を刻みこめ。無意識の底まで届くくれぇに。そうすりゃ、てめぇが我を忘れて魔力を暴走させやがった時も、その記憶がストッパーになる」
「恐怖が?」
「そうだ。恐怖は生き物が持つ感情の中でも一際強ぇ感情だ。無理に意識しねぇでも、脳内に勝手に根付くし、他の感情が暴走した時でも消えずに頭のどこかしらに残ってるもんだ。けしててめぇを過信するな。魔力を甘くみるな。恐怖を忘れるな。忘れて調子に乗ってると、魔力が暴走して全身が木っ端微塵にぶっ飛ぶこともありうるぞ」
「!?こっぱみじん!?」
「何代か前の穢れた盾の逸話だがな。体内魔力が膨張して、その勢いのまま宙に浮きあがってな。遥か上空で爆発しちまったらしい。血やら肉片やらが飛び散って四散し、グレアマギの街の様々な場所でその残骸が…」
「わすれ、ない!!忘れないから、もういい!!」




