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異界山月記 ‐社会不適合女が異世界トリップして獣になりました‐   作者: 空飛ぶひよこ
第三章

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獣とツンデレ3

「――諦めんのか?」


 冷たく突き刺さるような声が、葉菜の耳を打った。

 客人が美しい琥珀色の瞳を濁らせて、見下すように葉菜を見下ろしていた。


「難しそうだから、そうやっててめぇは諦めんのか?今まで魔力袋なしに魔力コントロールが出来た人間はいねぇんだから仕方がねぇと言い訳して、プライドを守って。駄目なてめぇを守るため、殻にこもって周りを拒絶して。そうやって、てめぇはこれからも生きていくのか?」


 まるで葉菜をよく知っているかのような、今までの葉菜の思考回路を把握しているかのような言葉だった。

 客人と葉菜は初対面のはずなのに、なぜこうも、葉菜のことが分かるのだろう。


 客人のいうことは、当たっている。葉菜はそうやって生きてきた。

 今までの葉菜ならその言葉があまりに正しいが故に、口では否と叫んでも、内心では「でもきっと無理だ」とネガティブな諦めの言葉を吐いていただろう。


「……イヤだ」


 でも、今の葉菜は違う。


「諦めない…っ!!」


 諦める機会なんていくらでもあった。

 魔力袋がないと分かった時。

 どんなにイメージを強化させても、魔力コントロールが身につかなかった時。

 何度も挫折を味わい、絶望といつもの駄目な考えに襲われた。


 だけど葉菜は投げ出すことなく、今まで魔力コントロールの訓練を続けてきた。



 欲しいものが、出来た。



 何を犠牲にしても、どうしても手に入れたいものが出来た。



 居場所が欲しい。




 温もりが欲しい。



 確かな絆が欲しい。



 ――そして、それらを得るための力が欲しい。



 最初は小さかった願いは、諦めずに行動を続けてくるうちに、いつしか葉菜の中で消すことが出来ない渇望へと変わっていた。

 諦められない。

 諦めることなぞ、出来るはずがない。

 いまや、その渇望こそが葉菜が、この世界で生きる意味なのだから。



 迷いなく言い放った葉菜に、客人は満足げに笑んで頷いた。



「ならば、協力してやる。俺がここにいるのは夕暮れまでだ。それまでに魔力の放出量の調整を死ぬ気で覚えろ。ひとまず火の魔法は良い。ただ魔力を放出することだけに集中しろ。俺がお前からどれくらい魔力が出てるか見てやる。体で魔力調整の感覚を覚えたら、イメージと同時にやっても何とかなるだろう」





 始まった魔力放出の訓練は難しかった。


 体内にある、目には見えないものの働きを鮮明にイメージしなければならないのだから、火のように現実にあるものを捉えて記憶し、脳内で再現するのとはわけが違う。

 まず放出の仕方がよく分からない。

 客人に魔力は一体どんな風に見えるのか、どんな動きをしているのか問い掛けてみても、明朗な答えはかえってこなかった。見えるものじゃなければ分からない、何ともいえないものらしい。

 葉菜は早々とイメージを、より「現実的な姿」として考えることを放棄した。

 ようはイメージに連動させて、魔力の量が変化すれば良いのだ。そのイメージが現実のものと近くなくても構わない。

 葉菜は自分の脳みそをイメージする。脳は神経によって体につながっている。ならば、その神経をより簡略した管に、魔力が流れていると、想定してみればいい。


 葉菜は想像する。

 脳に突き刺さった無数の管が、体の末端に至るまで体内に張り巡らされている様を。

 丸い脳の中は空洞になっていて(あくまでイメージだ。けして葉菜の脳みそが空っぽなわけではない)、中には水がたまっているかのように魔力がたっぷりと詰まっている。波打っている。

 魔力はどこから放出されるのか。


(目かな。そこから出るのが、一番イメージしやすい)


 脳はまるで水がたたえられた水槽だ。

 水槽には管ごとに蛇口がついていて、葉菜は想像の中で、目に繋がる管についた蛇口を捻る。

 脳から出てきた魔力が、管を伝って右目に至る。視神経を通り、網膜を通過して、光彩に至り。


 カッと右目が熱をもったかのように熱くなった。



(―これが、魔力の放出)


 熱は一瞬で過ぎさった。

 葉菜は痺れのような不思議な感覚が残る右目を動かし、ゆっくりと瞬きをした。

 特に視界の異常もない。



「そうだ。今のが魔力の放出だ。そして覚えておけ。今放出したてめぇの魔力は、てめぇの保有魔力の千分の一にも満たねぇことを」

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