獣とツンデレ1
どうやら客人は本当に秘密を守ってくれるらしい。
葉菜は取り敢えず今の段階でザクスに正体がばれずにすみそうなことに内心安堵しながらも、はてと首をひねった。
「どうでも、いいの?」
「…あぁん?」
「どうでもいい。なのに、わざわざこんなところ、会いにきた、なんで?」
繰り返すが、葉菜がいる場所は屋敷の主要部から結構離れているのだ。商談の間にちょっと気分転換に庭に、という距離にしてはいささか遠い気がする。
ならばザクスが言っていたように、客人はわざわざ時間を割いて葉菜を探して会いにきたのだろう。自分が客人にとって本当にどうでもよい存在ならば、そこまでするだろうか。
葉菜の素朴な疑問に、客人はかっと目を見開いた。
「はぁ!?俺がなんでてめぇなんかに会いに来ねぇといけねぇんだ!!たまたまに決まってるだろーが!!たまたま散歩に出てみてみたら、てめぇが何かわけわかんねぇことをしてやがったから、声をかけてみただけだっつーの」
「でも、遠い、屋敷」
「雨上がりで気分が良かったから、ちょっと長く出歩いてみただけだっ、ボケっ!!俺はてめぇなんかどうでもいいんだよ!!寧ろ秘密抱えて、ウジウジしてるところとかが、心底うぜぇ!!誰がてめぇなんか気にかけるかよっ」
唾を飛ばしながら怒鳴るその迫力に圧倒されながらも、葉菜の目はしっかり確認した。
客人の顔が、耳まで真っ赤になっているのを。
そして客人の言葉の語尾が、焦っているかのように震えているのを。
(こ、これは、もしや)
怒鳴ったことにより荒くなった息を、客人が深呼吸して整えている様子を、黙って眺めながら、葉菜は一つの疑惑を抱いた。
客人は最後に大きく息を吐き出すと、憮然とした表情で顔を背けながら、こういい放った。
「――まあ、気まぐれだが、ここであったのも何かの縁だ。てめぇが何か悩んでやがることあんなら、聞いてやんねぇでもねぇ」
(リアルツンデレキャラ、キター!!!!!)
葉菜の脳内に、ネットで有名な某顔文字が通り過ぎた。
思わず、ぶふぁっと噴き出してしまったのを、咳き込むふりをすることで誤魔化す。
美し過ぎる、ツンデレ。
何という破壊力だろう。口調がヤンキー口調なだけに、破壊度は強烈過ぎる。
客人の性別なんぞ関係ない。口調からすると男性かなとは思うが、男女どちらでも、葉菜の中に芽生えたこの胸のときめきは変わらない。
(寧ろヤンキー口調のツンデレ俺っ娘とか、萌える……)
異世界トリップにより、強制的にネット禁状態になって半年以上。久しぶりに葉菜の萌えが全開に花開いた瞬間だった。
「……で、なんかねぇのか?魔力コントロールをしようとしてやがったんだろう」
内心身悶えていた葉菜は、客人の言葉にハッと我に帰る。
そうだ、今自分は魔力が目に見えるという稀少な能力を持つ人物の前にいるのだ。萌えに心を奪われている場合ではない。
魔力コントロールを習得する為のヒントが得られる千載一遇のチャンスだ。
「魔法発動、止める、出来る。でも調整出来ない」
客人の言葉により、葉菜は脳内に魔力が集中しているから魔法の発動が出来るのだという仮説の正しさは証明された。ならば、なぜ魔力の調整は出来ないのか。
「魔力袋がねぇのに、魔法の発動と停止は出来んのか…」
思わずといったように感嘆混じりで客人が漏らした言葉に、葉菜は誇らしい気分になる。やはり、魔力袋のない自分がここまで出来るようになったのはすごいことなのだ。努力のかいはあった。
(だけど、ここで満足しては駄目だ)
ザクスの隣にいたいなら、ここで満足して終わってはいけない。
天から与えられたかのように、魔力コントロールの習得法を考えることが出来る機会を得れたのなら、なおさら。
「魔法、使う。魔力の流れ、見て教えてほしい」
「……いいぜ。見てやるよ。やってみろ」
まっすぐに琥珀色の客人の目を見つめながら、覚悟を胸にはっきりと懇願した葉菜に、客人はなぜか驚いたような表情を一瞬浮かべてから、口端をあげて頷いた。
初めて見た客人の笑みは、けして品が良いものではなかったが、それでもやはり魂が抜かれそうなほど美しかった。




