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異界山月記 ‐社会不適合女が異世界トリップして獣になりました‐   作者: 空飛ぶひよこ
第三章

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獣と壁6

 葉菜の顔は情けなく歪んだ。

 ザクスの言葉からすると、客人はザクスと単なる商売上の付き合いだけではなく、プライベートでの交流もあるようだった。

 そんな客人がザクスに関わるような葉菜の秘密を知っているなら、それをザクスに告げるという未来は明白に思えた。

 目の前が真っ暗になったような感覚に襲われる。

 

 ――秘密はいつかばれる。


 いつまでも、隠し通すのは不可能だ。葉菜だって、自分の正体を一切ばらさずに、墓の中までその事実を持って行けるとは思っていなかった。

 ザクスと主従関係を継続するうえで、自分が「穢れた盾」であり、魔力を譲渡できるというのは多分かなり重要な事実であるはずだ。

 いつかは告げなくてはならないと思っていた。

 だけど願わくば。

 願わくば、秘密がばれるのは「いつか」であって欲しかった。

 「いつか」いつか、葉菜がザクスとの間に、確かな「絆」のようなものを感じられた時。

 壊れない揺るがない関係を確信したときに、覚悟をもって自ら秘密を打ち明けたいと思っていた。

 こんな早い段階で、自分以外の別の誰かによって、覚悟もないまま知られるような形ではなく。


(あまりにもそれは、虫が良すぎる話か)


 葉菜は自嘲した。

 もうだめだ。

 もう、どんな努力をしても、頑張っても、望むものは手に入らない。

 ザクスがくれた、あの温もりは、もうけして。


「――何ますます不細工なツラしてやがる」


「…ったいたたた!!!」


 すっかり負の思考に沈んでいた葉菜は、突如襲ってきた痛みによって強制的に思考から脱却させられた。

 ぶすくれた表情の客人が(そんな顔まで美しい)葉菜の耳を容赦なく引っ張っていた。

 酷い。

 獣の耳は敏感なのだ。

 よくある半獣化小説のような耳や尻尾が性感帯だなんていう、うふんあはんな特典は全くないが(あって堪るか。そんな妄想的産物)痛覚はどこよりも敏感に感じる。

 人間だった時に耳をひっぱっられるのとは痛みの感じ方が違うのだ。

 それなのにもかかわらず、目の前の客人は耳を千切るのではという勢いで躊躇なく葉菜の耳を引っ張ってくる。鬼畜の所業である。


「ああ同じ不細工でも、そっちの面のほうがまだいいな」


 そういって客人は満足げに口端をあげて手を離す。

 手を離された後でも、未だ耳が甚深痛む。

 

(絶対こいつドエスだ)


 美しい顔をした鬼畜野郎なんてザクスでもう間に合っている。

 ジーフリートやリテマの優しさが恋しい。


「…言わねぇよ」


「へ?」


 せめてもの慰めにと、毛繕いの要領で手の甲につけた唾を、耳に擦り付けていた葉菜は、低い声で告げられた言葉の意味を咄嗟に理解できなかった。

 そんな葉菜の反応に、客人は大きく舌打ちをして怒ったように顔を歪める。


「だから、俺はてめぇが魔力袋がねぇことを糞太子に言わねぇっつってんだ!!」


「ちょ、大きい!!声、大きい!!」


 怒鳴るように言われた声の大きさに、葉菜は慌てる。

 どういう心境か分からないが、ザクスに秘密を打ち明けないでくれるというのはありがたい。

 だが大声で秘密を叫んで、万が一話を誰かに聞かれていたら同じことではないか。

 今葉菜達がいる場所は、後宮の主要部からは離れているが、誰が偶然通りかかるか分からない。

 たまたま居合わせた人による盗み聞きから、広まる秘密。

 小説なんかではよくある展開過ぎて笑えない。まだ客人からザクスに真実を告げられたほうがましだ。 


「…俺はてめぇも糞太子もどうでもいい」


 そんな葉菜の内心を察したのか、客人は声を落として言葉を続けた。


「てめぇが魔力袋がねぇ新種の生物だろうがなんだろうが、俺には関係ねぇ。その事実をしらねぇで、あの糞ガキが困っても、俺は困らねぇしな。寧ろあいつが苦労すんのは愉快だ。最初から言う気はねぇよ。だからんな辛気くせぇツラしてんな。見てて腹が立つ」


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