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異界山月記 ‐社会不適合女が異世界トリップして獣になりました‐   作者: 空飛ぶひよこ
第三章

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獣と壁5

「あ?なに見てやがる」


  思わず遠い目で客人をみやると、客人は舌打ちをして睨んできた。この台詞の「あ?」は、ヤンキーばりの巻き舌で発音されている。澄んでいて、高くもなく低くもない、非常に美しい声をしているのに、発せられる言葉はどこぞのヤクザかというくらい柄が悪い。

  何だろうか。このがっかり感は。

  人は見た目で判断してはいけないとは分かっているが、あまりに容姿とのギャップが酷すぎる。


(ザクスといい、この世界の美形は口も性格も良くないという法則でもあんのか)


  そう考えて、葉菜は即座にかぶりをふる。ジーフリートは美形だったが、言葉遣いも性格も美しかった。

  ザクスと目の前の麗人が特殊なのだ。一般化してはいけない。


「で、てめぇはこんなとこで何してやがったんだ?」


  眉間の皺を緩めた麗人が、頭をかきながら尋ねてきた。

  美しい髪をそんな適当でがさつな動作で、ぼさぼさにしないで欲しい。かつては身なりに無頓着で、口元に歯磨き粉をつけっぱなしにしたり、髪をぼさぼさのまま適当に結んで「ちゃんとしてたら、そこそこ見れる容姿なのに」と周囲に呆れられていたような葉菜ですら、悲鳴をあげたくなるくらい勿体ない。


「魔力、コントロール、訓練してた」


「はあ!?」


 耳に響くような声で突如あげられた、呆れ混じりの声に、葉菜は体を震わせ下を向いた。

  美形か凄む姿は、迫力があり過ぎて心臓に悪い。ヤンキー口調だから、ますます怖い。


「てめぇが魔力コントロール?出来るわけねぇだろ。魔力袋もねぇのに」


(え)


  思いがけない言葉に顔をあげた葉菜は、まっすぐにこちらを向いていた客人と目があった。

  先程までは顔を歪めていた客人の顔は、一切の表情を浮かべていなかった。

 無表情の中、葉菜に向けられた琥珀色の瞳だけが、先程まではなかった不思議な光を有して煌めいている。


「……あぁ、意識して見たことなかったが、てめぇの魔力は脳に集中してんのか。だから魔力コントロールを習得しようなんぞやがったのか」


 鼻で笑うように告げられ、葉菜は目を見開いた。


「っ!?なんでっ!!」


「俺は、生物の体の中に流れる魔力が【見える】」


 客人がそう告げた途端その目に宿っていた光が、すっと消えていく。葉菜はその様子を唖然と眺めた。


「何代か前の、ここの政治家のジジイと同じ能力だ。稀少だが、持っている奴がいねぇわけじゃねぇ。俺の種…一族は全てが当たり前に持っている力だ」


 ややあって今の状況を理解した葉菜は、顔から血の気が引いていくのが分かった。


(この人は先程私が魔力袋がないことを、その特殊な目で見て言い当てた)


 以前、魔力袋について講義を受けた時、ウイフはこの世界における全ての生き物が、魔力を有していると述べていた。

 魔力を有したうえで、それを生命維持に利用するのだと。

 ならば、人間だけではなく全ての生き物が、魔力をコントロールする魔力袋も有していると考えるのが自然ではないだろうか。

 客人は葉菜が魔力袋がないことを即座に見破って、僅かな動揺を見せることなく断言した。それはすなわち、葉菜がこの世界の生き物ではないと確信していたからではないか。


 どくん、と自身の心臓が音を立てて鳴ったのが聞こえた。耳に届くその鼓動は一拍ごとに早くなっていく。


(もしかしてこの客人は、私が異世界人だと、「穢れた盾」だと、知っている?)


 冷たい汗が、毛皮の内側から滲み出るのを感じた。


 

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