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異界山月記 ‐社会不適合女が異世界トリップして獣になりました‐   作者: 空飛ぶひよこ
第三章

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獣と壁4

「今日は俺は客人があるから、一日後宮にいる。用事が終わったら遊んでやってもいいぞ。リテマがまた新しい玩具を取り寄せていたようだし」


  「玩具」という言葉に、葉菜の耳はぴくりと反応をみせるが、つんとそっぽを向いて見せる。

  馬鹿にしないで頂きたい。葉菜は見かけは獣で幼獣扱いを甘んじているが、中身は24歳の大人である。淑女である。猫じゃらしなんかで遊んで貰って嬉しいわけがない。この間は一回めだから、乗ってやっただけだ。二回めなぞない。


(……まあ、ザクスがどうしてもというなら、遊んでやらないこともないが)


  自分の方が10歳歳上で大人なのだ。遊んでやっているつもりで、ザクスが実は楽しんでいるというのなら、付き合ってやるのもやぶさかではない。

 

「……夕方、ザクスの部屋行く」


  葉菜は意思とは裏腹に立ち上がる尻尾を、なんとか伏せさせようとしながら、しぶしぶと言った口調で答えた。

  断じて喜んでなどいない。


  それよりも、先程聞き逃せない単語があったような気がする。


「客人?来る?」


「あぁ。最近俺が個人的に懇意にしている薬売りだ。商売自体は最近だが、本人とは昔からの馴染みでな。……あぁ、そうだ」


  ザクスは顎に手を当てて、悪どそうな笑みを浮かべた。昔馴染みを思い出すのは、そんな笑みが出る場面だろうか。いや、ザクスが笑った顔は大抵悪役面だから仕方がないかもしれないが。


「多分そいつはお前に会いに行くから、あんまり分かりにくい場所にはいるなよ。部屋か庭にいるといい」


(私に会いに?)


  何なんだろう。魔獣愛好家か何かなのだろうか。

  まあ、葉菜自身知り合いが、虎を飼っていたりなんかしたら絶対に見せて貰いたがるので、そんな深い意味なぞないのかもしれない。


(……だが、憂鬱だ)


  葉菜は近い未来を思ってため息を吐いた。葉菜は基本的に人見知りだ。元の世界ではそれでも頑張って、向いていない接客業などやっていたが、知らない人との交流は実は結構苦痛だった。

  異世界に来てから交流する人がかなり限定されているため、その傾向はますます強くなっている気がする。

  そんな状態で、見知らぬ人間に品定めをされるのだ。憂鬱にならないわけがない。

  葉菜は客人とやらが、忙しくて自分に会いに来る余裕などない状況でザクスに謁見に来ることを祈った、




  午前中いっぱい部屋で寝て過ごして、だらだらするのにも飽きた葉菜は庭へと出てきた。だらだらするのに、まさか飽きる日が来るとは。やはり習慣というのは、体に染み着くものなのだろうか。

  いつも訓練で走り回っている庭だが、ゆっくり歩いてみると、また違った景色に見える。雨上がりのせいか、少し湿った草の匂いが葉菜の気持ちを安定させる。

  穏やかな気分だった。


(もしかしたらこういう精神の安定が、魔力コントロールに良いのかもしれない)


  そう思って、いつものように火の玉を出してみるが、やはり火の勢いは普段通り一定のままだ。


(やっぱり駄目か)


  葉菜はため息を一つついて、浮かべた火の玉を消した。いちいち落ち込んでいたらきりがないと分かっているが、感情に素直な耳は伏せて、尻尾はだらんと垂れ下がる。

  ポーカーフェイスでいさせてくれない体だ。


「……おい」


  不意に掛けられた声に葉菜はびくりと体を跳ねさせた、尻尾を膨らませた。

  どうやら件の客人のお出ましらしい。憂鬱な気分で振り替えった葉菜は、客人の姿を目に止めた瞬間息を飲んだ。


(うんわ、滅茶苦茶美形)


  ザクスである程度美形耐性がついた葉菜ですら、思わずあんぐり口を開いて見とれてしまうような、とんでもない美形が不機嫌そうに立っていた。

  ザクスが人形のような美形なら、客人は神がかった魔性の美貌の持ち主というべきか。

  真っ白な滲み一つない象牙のような肌。

  切れ長な目にはまった琥珀色に輝く瞳。

  すっとなだらかな筋が通った高い鼻

 。

  薄紅色の、柔らかそうな唇。

  人間の理想とするような、一つ一つが美しいパーツが小さな顔に最良のバランスで配置されている。

  手足は細くて長い。

  客人をもっとも印象づけるのは、その深紅の髪だ。さまざまな美しい朱を合わせたかのように光の加減で色を変えるその髪は、艶やかに波打っており、その長さは腰ほどまである。

  「傾国の美貌」そんな、単語が葉菜の頭を過る。

  客人の性別は男か女かも分からない。だが、その美貌は性別なんて関係なく、老若男女全てを魅了するだろう。

  葉菜は思わずほぉっと息を吐いた。

  客人の眉間に皺がよる。そんな姿まで美しい。

  ややあって客人は、麗しい唇を動かし…


「…何を呆けてやがる。気色悪ぃ面しやがって」


 その繊細な美貌と不釣り合い過ぎる暴言を吐いた。

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