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異界山月記 ‐社会不適合女が異世界トリップして獣になりました‐   作者: 空飛ぶひよこ
第三章

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獣と壁3

 ザクスの顔がまともに見れなくて、終わった瞬間うつむいた。

 そんな葉菜の傍にザクスは静かに近寄る。

 

「――よく頑張ったな」

 

 ぶっきらぼうにザクスはそう言って、乱雑に頭を撫でた。

 葉菜が泣いたあの時と、同じように。

 顔をあげた葉菜は、見た。

 慣れない行為に照れているのか、眉間に皺を寄せて顔をそらしたザクスの口元が、嬉しげに緩んでいるのを。

 

「…っ!?なぜ、泣く!?」

 

 思わず涙を溢した葉菜に、ザクスはぎょっとした表情で慌てふためく。

 その姿に笑ってしまった。

 

「うれし…くて」

 

 人は嬉しい時も泣けるのだ。

 そんな機会が滅多にないから、知識としては知っていても、感覚としては忘れてしまっていた。

 

「ザクス、ザクス」

 

「なんだ」

 

「頑張ったよ。まだまだ足りないけど、頑張って、魔法やめる、できるように、なった」

 

「あぁ、知っている。お前が何とか魔力コントロールを習得しようと学んでいたことも、空いている時間も自主的にトレーニングしていたことも聞いている。…誉めてやる」

 

「ザクス、ザクス」

 

「だから、なんだ」

 

「もっと頭、撫でて」

 

「……今だけだぞ」

 

 

 再び再開された不器用な手つきで頭を撫でる行為を、葉菜は目を瞑って堪能する。

 瞑った目の隙間から、さらに涙が次々流れた。

 撫でるザクスの手が温かかった。

 その熱に、心の奥が震えるのを感じる。

 

 もっと、この熱が欲しい。

 もっと、この熱を感じたい。

 その為なら、いくらでも頑張れる気がした。

 

 ザクスからあたえられる温もりが、ただ嬉しくて仕方なかった。

 

 

 

 

(――ここで諦めたら、おしまいだ)

 

 葉菜は奥歯を噛み締めながら、床に爪をたてる。

 綺麗な床に深い爪の痕が残った。

 

 

 ここで魔力コントロールを諦めたら、きっとあの温もりはもう手に入らない。

 それだけは嫌だった。

 

(トレーニングをはじめてまだそう時間が経っていない。もっとイメージを鮮明にしなければならないのかもしれない)

 

 まずはイメージトレーニングを継続して、その鮮明さを向上させていこう。

 それでも駄目なら、また別の手段を考えよう。

 

 

 

 

 今までは、出来ないことはすぐに投げ出すか、努力をせずに惰性で続けるのかの、どちらかだった。

 勉強のように僅かな得意分野は、それほど頑張らなくてもある程度は出来たし、それ以上出来るようになろうとはしなかった。

 

 脇目をふらず、自尊心も放棄して必死に一つの物事を習得しようとした経験が、葉菜の人生には決定的に欠けていたのだ。

 

 

 そんな葉菜が今、無謀だとも思われる「魔力コントロール」のトレーニングを投げ出さず継続することを決心する。

 葉菜にとっては、それは今までにはない大きな決意だった。

 

 

 

 何度も挫けそうになりながらも、投げ出さず葉菜は魔力コントロールの訓練を続けた。

 

 そんな葉菜を嘲笑うかのように自らが作り出した魔法の炎は、何の変化も見えない。

 

 

 

 焦燥感に駈られる日々。

 ある日、魔力コントロールを習得する鍵が、外からやって来た。

 

 

「休み?」

 

「あぁ、最近根を詰めて訓練をしているようだからな。一日休息をやる。今日だけは勉強も訓練も忘れろ」

 

 ザクスの口から出た想定外の言葉に、葉菜は目を瞬かせた。

 そういえばすっかり訓練と勉強で終わる日々に馴れてしまっていて、城に来てからろくに休日らしい休日を貰ってないことを、全く意識していなかった。

 怠惰の化身とでも言うべき葉菜には、由々しき事態ではある。

 

(でもやりたいことないしな~)

 

 異世界に来る前の葉菜の休日は、基本ベッドの住人で、携帯小説ばかり見ていて、出掛けるといえば本屋くらいだった。

 ネットも、簡単にすらすら読める本もない現状、やりたいことといえばベッドでごろごろすることくらいしかない。

 

(町に出るにしろ、今の姿じゃ無理だし)

 

 葉菜は森で過ごた後は、すぐに後宮住まいであるため、異世界の町の様子を全く知らない。森から後宮へ向かう際も、何かザクスが特別な魔法具を使ってテレポートをしていた。(キ○ラの翼だ、と内心はしゃいだ)

 ジーフリートの家や、後宮の造りからして、恐らく「中世ヨーロピアン風の町並み」だとは想像しているが、事実は知らない。

 確かめてみたいが、町にこんな獣が普通に歩いていたら、阿鼻叫喚な事態になるだろう。最悪討伐だ。そんな危険を犯してまで、満たしたい好奇心ではない。

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