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異界山月記 ‐社会不適合女が異世界トリップして獣になりました‐   作者: 空飛ぶひよこ
第三章

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獣と壁2

 葉菜は再度宙に浮かべた炎を見やる。そしてその炎がさらに勢いを増して燃える様を想像する。

 イメージの炎は、まるで現実のもののように葉菜の脳裏に描かれ、そのイメージが現実の炎と重なってみえるような錯覚に陥る。

 たが、現実の炎は葉菜のイメージを裏切り、変わらぬ勢いのまま燃えている。葉菜がどんなイメージをしようと、その姿は変化しない。

 葉菜がイメージを止めると、瞬時に火の玉は消え去った。木の枝など燃える素材に火をつけた場合はイメージを止めても火は継続するが、火が消えるイメージをすればどれほど勢いよく燃えている火でも瞬時に鎮火できることは実証済みだ。

 葉菜はため息を吐いて、ぺたりと地面に腹這いになった。

 出来ることは、もうやった。

 これ以上どうすれば、魔力コントロールを習得出来るようになれるというのだ。

 仮説と検証。仮説が失敗したなら、新しい仮説をだせばいい。

 だが仮説は部分的に成功という微妙な結果。この考察から、どんな新たな仮説をだせば良いのか、まったく思い付かない。

 

(――もう、これで良いんではないか)

 

 必死に考える葉菜の頭の片隅から、そんな声がする。

 

(元々異世界人は魔力袋を持っていないというハンディキャップを持っているのに、自在に魔法のオンオフが出来るようになったというだけで、十分すごいではないか!!異世界人初の快挙だ!!これがきっと限界なんだ。もうこれ以上無理することはない)

 

 その声は、葉菜に優越感を抱かせ、自尊心をある程度満足させてくれた。

 だが、一方でこんな声も聞こえる。

 

(もう既にいない先人と較べてどうする?この世界でオンオフ程度の魔力コントロールしか出来ない自分は、間違いなく劣った存在ではないか。こんな結果で満足して、情けなくないのか)

 

 聞こえてくる二つの声は、天使の声でも悪魔の誘惑でもない。

 

 優越感と、劣等感

 

 結局は自分の中の自尊心の声だ。

 比較する対象が異なるだけで。

 

 

 相対的な幸福は、本当の意味で幸福ではない。

 相対評価の対象が代わるだけで、瞬時に優越感は劣等感に、劣等感は優越感に変わってしまうのだから。

 

 葉菜は欠点だらけの駄目人間の癖に、自尊心が高い。それ故にいつも苦しんでいる気がする。

 

(ああ、もう投げ出して逃げてしまいたい)

 

 自尊心故の葛藤の苦しみから逃れるのに最適な方法こそ、全ての思考を放棄して怠惰に耽ることだ。

 何もしない。何も考えない。

 それが一番楽でだし、その結果更なる劣等感に苛まれても「何もしなかったから仕方ない」と諦められる。

 

 もう諦めようか。

 あるだけで、得たものだけで満足しようか。

 自尊心が満たされる言い訳は手にいれたのだし。

 

 

 そんな風にいつもの駄目な思考に傾きかける葉菜の頭の中に、一週間ほど前の出来事の記憶が思い出された。

 

 

 一週間ほど前。

 夜の訓練の際に、葉菜はザクスに初めて自主トレーニングの成果を見せた。

 先程やったのと同じ、宙に火を玉を浮かべて、意識的に火を消してみせるだけの、それ。

 ザクスに好きなタイミングで手を叩いてもらい、それにあわせて火を消していく姿を披露しながら、葉菜内心は不安と期待でいっぱいだった。

 

(ザクスは誉めてくれるだろうか)

 

 いや、言葉では誉めてくれるだろう。今のザクスは、葉菜のできた部分を少しでも見つけて誉めてくれようとしてくれる。

 だけどその言葉は本心からのものだろうか?内心は、「たかがこれくらい」と思ってはいないだろうか。

 

 葉菜の心は、まるで勉強が駄目な子どもが、平均以下の、それでも普段よりは格段に良い点数のテストを親に見せる時のようだった。

 頑張った。頑張って、僅かでも成果が出た。

 

 誉めて欲しい。

 

 喜んで欲しい。

 

 自分の頑張りを、ザクスに心から認めて欲しかった。

 


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