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異界山月記 ‐社会不適合女が異世界トリップして獣になりました‐   作者: 空飛ぶひよこ
第三章

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獣と魔力コントロール8

「アルフトカルは、この書記の中で、こう記しております。

 

 我、招かれざる客人と相対す。客人、魔力の所在極めて異常なり。

  客人が魔力、淡い金色にて、全身に行き渡りけり。されど、右手の腕のみ、金色ひときわ濃い也。

  我問ふ。

『汝が魔力、何処にありけり』

  客人答ふ。

『知らず』

  我問ふ。

『汝が魔力、右腕に集中せしり。何故かようことが起きし』

  客人答ふ。

『かの国に来たる前に、我右手に怪我を負いし。然らば、魔力右手に集中せらむ』」

 

「ごめん、ウイフ。何言ってるか、分からない。さっぱり」

 

 未だカタコトでしか異世界の言葉を話せないレベルの葉菜には、恐らく古語だと思われる言葉のリスニングは流石にできない。まだ文字を読まされた方が分かるかもしれない。

 

 ウイフはそんな葉菜の言葉に頷き、古語を訳した。

 

「当時の招かれざる客人の魔力が、アルフトカルには金色に見えたようです。金色は淡く全身に広がり、なぜか右腕に濃く集中しておりました。アルフトカルが客人に心当たりを尋ねたところ、客人は召喚前に右手に怪我を負っており、そのせいで魔力が集中したのではないか、と答えとのことです。…魔力によって運搬される際、癒しきれていなかった傷口から魔力が入り込んだと考えたのでしょう」

 

(…やっぱり)

 

 ウイフの言葉で、葉菜が抱いていた仮説が、より信憑性を増した。

 

 傷口から魔力が入り込み、入った部分に魔力が集中するならば、葉菜の魔力は何処に集まっているのだろう。

 葉菜は元の世界での最後の記憶を思い出す。

 

 階段から落ちた自分は、固い床に叩きつけられた衝撃で頭蓋骨が割れ、脳髄が飛び散る幻影を見た気がした。

 もし、あれが幻影でなかったら。

 あまり想像して気持ち良いことではないが、自分は本当に頭蓋骨や脳を損傷しており、死の直前に何らかの作用で傷を修復され、それとほぼ同時に魔力によって異世界トリップが為されていたなら。

 

(――魔力は脳に、集中する)

 

 生物学的に、魔力が魔力袋からどのように供給され、伝達し、行使されるのかは分からない。

 だが意思によって魔力を行使したり、コントロールが出来るなら、そこに脳の働きは不可欠だろう。

 ならば、魔力が脳に集中しているというのは、魔力行使にあたってメリットになりうるのではないか。

 もしかしたら、魔力袋がないという欠点をやり方次第では補えるくらい大きなメリットに。

 

 葉菜は口回りを舐めた。乾いた唇に触れるとばかり思っていた舌に、濡れた毛がまとわりつき、驚く。

 そういえば、今の自分は獣だった。そんな最早自明のことを忘れるくらい、考えに没頭していた。

 

 

 あくまで仮説だ。確証などない。

 だけど、それで構わない。

 今の葉菜が欲しいのは、不可能だと思われる事柄を成せるかもしれないという、希望だ。

 その希望を実現する為に何を成せばいいか考える指針だ。

 

 そして今、それがある。

 それだけで状況は全く違ってくる。

 

(それにその仮説だと、やれることは一つしかない)

 

 脳に集中している魔力をコントロール出来るようにする為に葉菜が出来ることは、脳を働かせることだけである。

 魔力をコントロールする為に、脳を働かせる。それはつまり、イメージを強化することだ。

 

 火は物を擦ればつくイメージがあったから、擦る動作をした時に魔法でつけることが出来た。

 

 筋肉は力を入れればバネの働きが強くなるイメージがあったから、身体強化が行えた。

 

 ならば魔法コントロールを習得する方法は、コントロールのイメージをより鮮明に描けるようになることだけだ。

 

 単純過ぎる発想。仮説がなければ、「そんな単純なことなら、今までの異世界人が魔力コントロールを習得出来ないのはおかしい」と、切り捨てていただろう。

 だがそれが、葉菜にのみ適応する魔力コントロールを習得する術ならば、話は違ってくる。

 脳を損傷したが為に、脳に魔力が集中している葉菜だからこそ、そんな単純な方法でも魔力コントロールを習得出来るのだとしたら。

 

 

 葉菜はつい先ほどまでの絶望を忘れ、にんまりと口端を吊り上げた。

 


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