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異界山月記 ‐社会不適合女が異世界トリップして獣になりました‐   作者: 空飛ぶひよこ
序章

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社会不適合女と異世界の夜

 不安定な枝の上を、幹にしがみつきながら、朝が来るのを待った。

 いくら図太いと言われる葉菜でも、こんな状況では眠りにつくことはできない。

 獣が通る物音がしたり、そばを虫や夜行性の鳥、鳥のようなものが通り過ぎるたび、びくびくと体を震わした。

 恐怖の中、暗闇で過ごす一分一秒が何時間にも思えた。

 

 

(これからどうすれば良いのだろう)

 

 取り敢えず目の前の恐怖から意識を反らすべく、葉菜はこれからのことに思いをはせた。

 

 

(まず、人を見つける。見つけたら、助けを求めて、それから……)

 

 

 それから、どうすれば良いのだろう。

 どうやって生きていこう。

 

 

 異世界にトリップした場合、小説ではどうやって生き延びていたか。

 

 

 一、巫女なり救世主なり、何らかの特別な役割を最初から持っていたパターン。

 

 

 二、優しい人に拾われて、自分ができる仕事を見つけながら村の一員になるパターン。

 

 

 三、元々の才覚や、異世界で開花した能力、異世界にはない元の知識を生かして生き抜くパターン

 

 

 四、奴隷として売り飛ばされるパターン

 

 

(一はないかな…三も、無理だな)

 

 

 異世界にきて、別に特別な才能が目覚めたわけでない葉菜にとって一人で見知らぬ世界を生き抜くのには無理ゲー過ぎる。

 元の世界の知識といっても、文系でネット小説ばかり読んできた葉菜には、実用的な知識などありはしない。

 大体あの恵まれた世界でもろくな仕事を出来なかった自分が、異世界で出来る女になれるはずがない。

 

 そうなると、望ましいのはパターン二だが……

 

 

(見知らぬ行き倒れ女を拾ってずっと面倒をみてくれる――そんな親切な他人がほいほいいるだろうか)

 

 自分が元の世界で、行き倒れ人に遭遇したら119番通報くらいするかも知れないが、面倒ごとにまきれたくないから、さっさと逃げる。

 コミュ障故に人を信じられない葉菜は、見知らぬ他人の窮地に見返りを求めず手を差し出してくれる人間が簡単にみつかるとは思えなかった。

 万が一そんな天使のような心の持ち主がいたとしても、自分はその人と上手くやれるだろうか。つねに見捨てられるかの不安に怯えている気がする。

 

 

(残りは四…いや、)

 

 

 

 自分が読んだネット小説では見たことがなかったが、何ももたない、何も出来ない女が生きるための手段は、時代や文化が変わっても共通している。

 それが奴隷であれ、自由業であれ、見知らぬ村の一員にして貰う条件であれ、立場は違うだろうが差し出すものは1つしかない。

 

 

(体を売るしかないよな…)

 

 24歳という年齢と、葉菜の姿形がある程度価値がある世界ならいいが。

 

 

 そう思いながら自嘲の溜め息を吐いた。

 

 

 葉菜は、異性と最後までした経験はない。別に大事に大事にとっておいたわけではなく、気がつけばそうなっていただけなのだが、やはりはじめては最愛の人とまではいかなくとも、恋人どうしがいいな、くらいは思っていた。

 そんなはじめてが、売春だとか、さすがに悲しすぎる。

 

 

「…まあ、まだどうなるかわからないしな」

 

 

 先のことを考えても仕方がない。今は生き残ることだけを考えよう。

 

 

「…だいたい人形の生き物がいる世界なのかも分からないし!!」

 

 

 自分自身を励ますために言った一言が、想定した未来の中でも一番最悪なものだと気づきすぐさま青ざめた。

 

 夜は、まだ明けない。


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