獣と魔力コントロール5
今ザクスが歩み寄ろうとしてくれているのは、葉菜を幼獣だと勘違いしているからだ。もし葉菜が元人間だと分かれば、ザクスの態度も変わってくる筈だ。
そしてうっかり本当の年齢までバレてしまったら、と考えるだけでゾッとする。
騙したつもりはない、言わなかっただけだという言い訳が、ザクスに通じるとは思えない。ただでさえ、他者への許容範囲が狭い、偏屈な少年なのだから。奇跡的に今、ザクスが譲歩してその偏屈さを押さえる努力をしてくれているだけに過ぎない。
ザクスは基本的に他者を信用していないのだ。一度自分を騙した人間になんぞ、二度と心を開こうと思わないだろう。
万が一真実がバレても、最終的は許してくれる。かつてジーフリートに対して抱いたそんな期待を、ザクスに対してはけして抱けない。
抱ける、訳がない。
ジーフリートとザクスの、葉菜に対する接し方はあまりにも違うのだから。
それなのに、葉菜は思ってしまった。
願ってしまった。
期待してしまった。
甦らせてしまった。
かつてジーフリートに対して抱いた、あの想いを。
ジーフリートが死ん時に捨てたはずの、あの想いを。
(――もしかしたら、いつか家族のように)
いつかザクスとの間に、家族のような絆が出来るのではないか、と。
ザクスが最初のままなら平気だった。
自分が穢れた盾だと告げたことで、プライドがずたずたになったとしても、時間が経てば「まあ、気にしても仕方ない」で済ませられた。
たまたま与えられた魔力供給能力が、少なくとも求められていることを、この世界で生きる意味に出来た。
なのに、ザクスが葉菜を構うから。
思惑はどうであれ、葉菜に優しくしようと、近づこうとしてくれているから。
葉菜はそれを、心地よいと感じてしまった。
それが温もりだと、認識してしまった。
ジーフリートの時のように、その温もりを失うことを怖れてしまった。
自分がそのままの状態で、対価としてザクスにあげられるものがないことなど考えもせずに。
(なにか、なにか、方法はないか)
魔力コントロールに必要な器官がないハンディキャップを克服する方法が、何かないだろうか。
葉菜は脳みそをふる回転させて考える。
(脊髄反射に置き換えて考えてみよう)
意思と関係なく、反射的におこる反応は何だったか。
発汗、瞳孔の開閉、熱いものや冷たいものを触った時の体の動き。
わからない、よく覚えていない。学校で習ったのは中学生くらいだった気がする。10年くらいもなるのか。
忘れる筈である。
(取り合えず今あげたもので、人間の意思で何とか出来るものは……)
あるのだろうか。
物語では、そういった人間の生理的反応を意思の力でねじ曲げる超人をみたことがあるような気がする。
だけど現実問題、どれだけ訓練したところで、そんな化け物技が見につくとは思えない。
仮に見についたとして、何十年も習得にかかるだろう。そんなの習得した頃には、とっくにザクスに棄てられている。
葉菜は泣きそうに顔を歪めた。
実際大声で泣きわめきたい気分だった。
どう考えても、完全に積んでいる。
どうしようもない。
どうやったって魔力コントロールの習得なんか不可能だ。
もしかしたら、頑張れば出来るかも。そんな風に根拠もなく期待した自分が愚かだった。




