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異界山月記 ‐社会不適合女が異世界トリップして獣になりました‐   作者: 空飛ぶひよこ
第三章

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獣と魔力コントロール4

「魔力、なくなる。どうなる?」

 

 この世界において魔力がそれほど重要な存在であるなら、それを使いきってしまえばどうなるのであろうか。

 嫌な予感しかしない。

 

「通常の生活を送っていれば、魔力はまず無くなることはありませぬ。体が魔力の限界を感じれば、自然に魔力消費を抑制するようになっております。魔力は大気中に微量ですが含まれておりますので、時間が経てば勝手に回復します。――ですが体の抑制を無理して、魔力を枯渇するまで消費した場合は」

 

 ウイフは一度、言葉を切った。

 葉菜は固唾を飲んで、続く言葉を待つ。

 

「――体の機能全てが停止して、死に至ります。回復する術はありません。魔力を蓄えられる強力な魔具や、魔力を分け与えることができるという、招かれざる客人の存在をもってしても不可能です。体の限界を越えた時点で、魔力袋は破裂してしまっています故」

 

「魔力袋?」

 

「魔力を蓄積し、その使用量を調整する、臓器のことです」

 

 ウイフは皺だらけの手で、自身の胸の辺りを押さえた。

 

「心の臓の裏側、ここに魔力袋が存在しております。この魔力袋の大きさにより、保有魔力の量が決まるのです」

 

 

(…………ちょっと待て)

 

 人間というか、生物全般にそんな器官があるとは初耳だ。というか、そんな器官が元の世界に存在していたら、とっくに機能が解明され、大騒ぎになっている筈だ。

 解明されなくとも、少なくとも謎の臓器として学界の研究の的になっているのは間違いない。

 なんせ全ての生き物にあるといわれる器官だ。研究材料なんて、そこらじゅうにある。

 

(つまりは、体の器官からして、こっちの世界の生き物と元の世界の生き物は、違う…?)

 

「ウイフ…穢れた盾、あるの?その器官?」

 

「ありませぬ。異世界には魔力そのものがないらしいですから。だからこそ、異世界から来た人物は魔力袋の許容量に関係なく、体に途方もない量の魔力を蓄えられるのです。」

 

 あっさりと返された、案の定の答えに葉菜は目の前が真っ暗になったように感じた。

 何が何でも魔力コントロールを習得するという決意が、ガラガラと音をたてて砕け散るのか分かった。

 

 魔力の為に必要な器官がないのに、魔力コントロールを習得しようとするのは、肺がないのに呼吸しようとするのと同じようなものではないだろうか。

 今まで異世界からこの世界に来た人間が、何故魔力コントロールを習得しようとしなかったのかが、今分かった。

 しなかったのではない。体の構造故に習得したくても出来なかったのだ。

 

(今まで勝手に魔力を行使出来たのは、もしかして脊髄反射と似たようなもの?)

 

 たとえば熱いお湯がかかったりした時、体は脳の指令を待たずに、脊髄によって反射的に反応を示すという。

 それと同じで、今までの葉菜の魔法は、体に蓄えられた魔力が葉菜の意思に関係なく、勝手に反応した結果なのではないか。

 それならば脊髄反射による反応をコントロール出来ないのと同じで、葉菜が自身の魔力をコントロール出来るようになれるはずがない。

 

 葉菜は絶望にうちひしがれた。

 そもそもの体の構造という、どうしようもない問題がある以上、このまま諦めるしかないのだろうか。

 

 ウイフが魔力について続けて何かを言っているが、最早葉菜の耳には入らない。

「魔力コントロール習得不可能」といった文字だけがぐるぐると、頭の中で延々と回っている。

 こうなれば、実は穢れた盾だと明かすという最終手段しか残されていないのだろうか。

 魔力の供給者となれば、ザクスの役にたてるのだろうか。

 

 

(……あぁ、でもそうしたら、ザクスときっと今みたいな関係ではいられなくなるかもしれない)

 

 招かれざる客人だと、穢れた盾だと告げないと決めたのは、そもそもは単純にプライドだけの問題だった。

 だけど、ザクスとの関係が変化しつつある今、真実の告白は葉菜にとって別の恐怖を呼び起こした。

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