獣と魔力コントロール2
「魔力の勉強ですか?別に構いませんが…」
ウイフが少し考えるように言葉を詰まらせ、やがて心配げに眉を下げた。
「それほど焦って魔力の習得をされなくても良いのですよ?魔獣殿はまだ幼獣なのですから、魔力コントロールが下手でも仕方ありません。ザクス様も、魔獣殿の成長を気長に待つと言っておりました」
告げられた言葉は、葉菜の怠け心を甘く誘惑する。
いくら知識をつけても、本当にコントロールが習得出来るようになるのかなんか、分からない。葉菜以外の異世界人が出来なかったと言われることだ。自分なんかが、いくら努力したところで徒労に終わるのではと囁く自分がいる。
先行きが全く分からない不安な行為は出来ることならやりたくない。逃げたい。後回しにしたい。
だけど。
「…成長が、原因とは分からない。ザクス、ガッカリ、させたくない」
葉菜は知っている。ただ月日を待ったところで何の解決策にはならないことを。
だって既に葉菜の中身は、大人なのだから。
それに、いままで「月日さえ経てば」と思って特に何もしなかったことは、いつのまにか勝手に苦手が克服されていたなんて都合の良いことはなかったから。
今逃げたら、変わらない葉菜は、月日が経つうちにザクスに見限られる。要らないと、必要ないと棄てられる。それは、嫌だった。
やって出来ないのなら仕方がない。諦められる。だけど、「あの時もっと頑張っていれば」なんて後悔はしたくない。
10も年下の少年にすがるのは情けない話だが、葉菜にとってザクスの存在がこの世界で生きていいという「赦し」になっていることは、先日自覚した。
誰から求められたわけでもなく、ただ神子を守るフィルターだった自分を、唯一求めてくれたザクス。
ザクスに求められることこそが、この世界にとって「異物」である自分の、存在意義になりつつある。
葉菜は、ザクスに依存めいた執着を抱きつつあることを、感じていた。
その感情は、恋だとか(10も離れた少年に岡惚れするのも、それはそれで問題だとは思うが)、親愛だとか、母性が芽生えただとか、そんな綺麗なものではない。
ザクスの不幸な境遇に同情したわけでもない。
居場所がない自分が、安心して生きられる居場所を、ザクスに見出だしているだけである。
(――結局自分のことばかりなんだな、私は)
ザクスの為に変わりたいというのは、結局はザクスに棄てられない為に変わりたいということに他ならない。結局は自分の為に変わりたいだけだ。
どこまでも自分本意な自分に、内心自嘲する。
(そういえば、あの時の獣はどこへ行ってしまったのだろう)
葉菜の為に怒り狂って暴れた、葉菜の中の獣の存在を思い出す。
あれからいくら心の中に呼びかけても、獣が反応を返してくれなかった。
葉菜が傷付くその時まで、眠っているのかもしれない。
もしもザクスに棄てられたら、その時こそ、獣に体をあげて代わりに生きて貰おう。獣の中で、現実を忘れて夢をみよう。
ザクスのことも、どこまでも駄目だった、変われない愚かな自分のことも忘れて。
きっと、それも悪くない。
「…素晴らしいっ!!」
どこまでも後ろ向きに暴走した葉菜の思考は、ウイフの感嘆により、引き戻された。
「魔獣殿が、そこまでザクス様のことを思われていらっしゃるとは、このウイフめは把握出来ておりませんでした。なんと理想的な主従の絆…っ!!ザクス様は、素晴らしい従獣を見つけられた!!不肖ウイフ、喜んで知っている限りの魔力に関する知識を全て魔獣殿にお教えさせて頂きましょう」




