獣と魔力コントロール1
『お前が決定的に足りないのは、行動だ』
今や懐かしい会社勤めの頃、駄目駄目な葉菜に、上司は繰り返し繰り返しそう述べた。
『変わりたい、普通になりたいと言いながら、お前は何をしている?言えるのか?大きく変わるから、「大変」なんだお前は大変な思いをしているのか?』
告げられる言葉に、いつも葉菜は返答に詰まった。ちょこちょこと小さな努力はしようとしている。だけど効果は薄く、また葉菜自身途中で投げ出してしまい継続が出来ない。
具体的に何をして、その結果どうなっているかなど言えやしない。
『人間的にお前が悪い奴だとは言わない。他人に無関心で気が利かないところは、あったとしても。だが、仕事の面ではお前は本当に駄目な奴だ。お前くらいのレベルまで行くと、小手先の努力ではどうにもならねぇよ』
そう言って上司はため息を吐いた。
びくりと葉菜の体が跳ねた。
『もっともっと行動をしろ。なぜ出来ないのか、どうすれば出来るのか、常に考えて仮説と検証を繰り返せ。四六時中仕事のことを考えてろ。そこまでしないと、お前は変わらない』
今思い返せば、葉菜のことをよく見て根気強く叱ってくれる、良い上司だったのだと思う。
常に小さなことで、ネチネチと長い説教を繰り出して、葉菜の胃を痛くさせても。
時々、説教にくわえて手や足が出ても。(上司曰く、他の部下にはこんなことをしたことがないとのこと。あまりにも言っても聞かないから、葉菜は特別らしい。そんな特別要らない。扱いが完全に悪ガキへのそれだ)
下ネタが大好きで、どぎついネタをしょっちゅう投下してきても。(だが対象は別の先輩ばかりで、葉菜を性的対象にするネタは一度も出てこなかった。びっくりするほど、葉菜は女の子扱いされていない)
パワハラかセクハラで訴えれば勝てる上司だったが、言っていることは正論で、葉菜のことをよく見て、葉菜のことをよく考えてくれていた。
恨めしく思うのではなく感謝しなければならない、そう当時も本当は分かっていた。
だが、そんなありがたい説教を聞きながら、葉菜はこう思っていた。
(ただ仕事に来ているだけでも辛いのに、ごく僅かのプライベートの時間まで潰してさらに辛い思いをしなきゃなんないんか。無理だよ)
改めて、自分でも思う。
――年齢だけ無駄に食ったクソガキだと。
「変わりたい」
そう漠然と思うだけでは駄目だ。
変わりたいと思って、言葉にするだけでは、猿でも出来る。昔の葉菜がしてきたことだ。
親身になって助言をしてくれた人の言葉を、自分の覚悟を裏切ることなんて簡単だ。
沸き上がる自己嫌悪も、日付が経てば忘れられる都合の良い脳みそを、葉菜は持っている。
もし今葉菜が、魔力コントロールをどうしても必要ならば、必要なのは行動のみ。それに尽きる。
自分の決意や、覚悟が明確か否かは、全く大切ではない。そんなもの考えても答えはでないし、長く考えれば思考は逃げに走る。
決意や、覚悟なんて、行動が成されれば、後から勝手について来るものだ。
(まずは、自分が出来る一番簡単で効果がありそうなことから、と)
結局果たせなかった、かつての上司のアドバイスを自分に言い聞かせる。
そういえば上司は元気だろうか。階段から落ちたあの日は、上司と二人で勤務の日だった。来るはずだった葉菜が出勤せず、次の日から失踪したことはさぞや上司に迷惑を掛けただろう。
それまでの所業も相まって、実に申し訳ない。
葉菜は沸き上がる苦い感情を呑み込んで、目の前のウイフに向き直った。
「ウイフ。言葉、歴史、常識の勉強はいい。要らない。魔力教えて。魔力知りたい。コントロール、する。知識必要。そう、思う」
葉菜が魔力コントロールに有効で、今の葉菜にが一番簡単に出来ると判断した行動をとるために。




