皇太子と変化4
あるのは、せいぜい好奇心。
ザクスの闇を受け止めてあげられるとも、受け止めてあげたいとも思えない自分が突っ込むべき話ではない。
「それよりお前も早く寝ろ。明日も早いぞ」
布団に潜り込みながら告げられた言葉に、今の状況を思い出す。ザクスの発言が衝撃過ぎてすっかり思考がずれていた。
(もしかして、これから毎晩一緒に寝ることになるのか?冗談じゃないぞ)
朝は体力訓練、昼は勉強、夜は魔力訓練と一日スケジュールがしっかり組み込まれている今の葉菜にとって、夜眠る時の僅かな一時は唯一葉菜が一人でいられる時間だ。誰にも気兼ねをしたり、煩わされたりしない、楽なプライベートの時間だ。その時間が奪われるのは、非常に辛い。
一度一緒に寝るのを許したら、ずるずる習慣になってしまいかねない。ここは自分が寂しくない旨や、一緒にベッドで寝る上でのザクスのデメリットを説いて、今のうちに部屋から追い出さなければなるまい。
そう決心してザクスの方を向いた時には、既に手遅れだった。
(おやすみ三秒かよ~)
既にザクスは隣で穏やかな寝息をたてていた。某青狸ロボットに頼るメガネ少年なみの寝つきの良さだ。
葉菜はため息を吐いて肩を落とした。こんな安らかな眠りを疎外するのは、心苦しい。というか、無理に起こしたら、ザクスがどんな風に怒りをぶつけてくるかを想像すると恐ろしい。
(しかし綺麗な寝顔だ…)
眠る姿も美しいザクスにほぉと、息を吐く。
涎を垂らすくらいの可愛げがあっても良いのではないだろうか。
友人曰く、葉菜は眠る時に半目を開いている時がしばしばあるらしい。写真に撮られて笑いながら見せられた上、複数人が証言している辺り事実なのは間違いない。
元の造作の差は仕方ないにしろ、寝顔くらい公平にしろよ、といるかも分からない神様を詰りたくなる。
(肌も毛穴一つないし、太い産毛なんかもない。まじ人外なんじゃないか。ああ、でも)
『寝顔は、存外幼いな』
懐かしい日本語が、ぽつりと音になって漏れた。
常に纏う険がなくなったザクスの寝顔は、年相応に見えた。
ザクスが、14歳のまだ幼い少年であることを、その時葉菜は初めて実感した。
『あー…もう何なんだよ』
葉菜は人間だった頃のように、小指の先で頭を掻いた。
鬱陶しいのも本当だが、構われて嬉しい自分がいるのも事実だ。
もっと構って欲しい。
もっと必要として欲しい。
自分がこの世界にいても良いのだと、実感させて欲しい。
まだ14歳の男の子が、それが正しいかてはどうであれ、自分の為に変わろうとしてくれているんだ。
ならば、自分も……
『変わらなければ、なあ……』
音になった言葉は、やたら弱々しかった。
こんな台詞何十、何百と吐いただろう。何千、何万と思って来ただろう。
だけど、葉菜は変われなかった。
今、変わることを決意しても、結局口先だけで終わるんではないだろうか。
葉菜はザクスの寝顔を見下ろしながら、楽な体制でその脇で丸くなる。
腕をそっと、ザクスの体に触れさせてみる。
温かい、体温が伝わって来た。
傲慢で、人にも自分にも厳しい、コミュニケーションが下手くそな、葉菜の主。
まだ14歳の、家族関係に恵まれていない、王になるという重い使命を背負う少年。
さらに体を近づけて、眠ったザクスに寄り添うと、葉菜は目を閉じた。
変わりたいなんて、数えきれない程願ってきた。
願いはいつも途中で挫折し、諦めて生きてきた。
(――だけど、誰かの為に変わりたいと思ったのは、これが初めてかも知れない)




