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異界山月記 ‐社会不適合女が異世界トリップして獣になりました‐   作者: 空飛ぶひよこ
第三章

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皇太子と変化4

 あるのは、せいぜい好奇心。

 ザクスの闇を受け止めてあげられるとも、受け止めてあげたいとも思えない自分が突っ込むべき話ではない。

 

「それよりお前も早く寝ろ。明日も早いぞ」

 

 布団に潜り込みながら告げられた言葉に、今の状況を思い出す。ザクスの発言が衝撃過ぎてすっかり思考がずれていた。

 

(もしかして、これから毎晩一緒に寝ることになるのか?冗談じゃないぞ)

 

 朝は体力訓練、昼は勉強、夜は魔力訓練と一日スケジュールがしっかり組み込まれている今の葉菜にとって、夜眠る時の僅かな一時は唯一葉菜が一人でいられる時間だ。誰にも気兼ねをしたり、煩わされたりしない、楽なプライベートの時間だ。その時間が奪われるのは、非常に辛い。

 一度一緒に寝るのを許したら、ずるずる習慣になってしまいかねない。ここは自分が寂しくない旨や、一緒にベッドで寝る上でのザクスのデメリットを説いて、今のうちに部屋から追い出さなければなるまい。

 そう決心してザクスの方を向いた時には、既に手遅れだった。

 

(おやすみ三秒かよ~)

 

 既にザクスは隣で穏やかな寝息をたてていた。某青狸ロボットに頼るメガネ少年なみの寝つきの良さだ。

 葉菜はため息を吐いて肩を落とした。こんな安らかな眠りを疎外するのは、心苦しい。というか、無理に起こしたら、ザクスがどんな風に怒りをぶつけてくるかを想像すると恐ろしい。

 

(しかし綺麗な寝顔だ…)

 

 眠る姿も美しいザクスにほぉと、息を吐く。

 涎を垂らすくらいの可愛げがあっても良いのではないだろうか。

 友人曰く、葉菜は眠る時に半目を開いている時がしばしばあるらしい。写真に撮られて笑いながら見せられた上、複数人が証言している辺り事実なのは間違いない。

 元の造作の差は仕方ないにしろ、寝顔くらい公平にしろよ、といるかも分からない神様を詰りたくなる。

 

(肌も毛穴一つないし、太い産毛なんかもない。まじ人外なんじゃないか。ああ、でも)

 

『寝顔は、存外幼いな』

 

 懐かしい日本語が、ぽつりと音になって漏れた。

 常に纏う険がなくなったザクスの寝顔は、年相応に見えた。

 ザクスが、14歳のまだ幼い少年であることを、その時葉菜は初めて実感した。

 

『あー…もう何なんだよ』

 

 葉菜は人間だった頃のように、小指の先で頭を掻いた。

 

 

 鬱陶しいのも本当だが、構われて嬉しい自分がいるのも事実だ。

 

 

 もっと構って欲しい。

 

 

 もっと必要として欲しい。

 

 

 自分がこの世界にいても良いのだと、実感させて欲しい。

 

 

 まだ14歳の男の子が、それが正しいかてはどうであれ、自分の為に変わろうとしてくれているんだ。

 

 ならば、自分も……

 

 

『変わらなければ、なあ……』

 

 音になった言葉は、やたら弱々しかった。

 こんな台詞何十、何百と吐いただろう。何千、何万と思って来ただろう。

 だけど、葉菜は変われなかった。

 

 

 今、変わることを決意しても、結局口先だけで終わるんではないだろうか。

 

 

 葉菜はザクスの寝顔を見下ろしながら、楽な体制でその脇で丸くなる。

 腕をそっと、ザクスの体に触れさせてみる。

 温かい、体温が伝わって来た。

 

 

 

 傲慢で、人にも自分にも厳しい、コミュニケーションが下手くそな、葉菜の主。

 

 まだ14歳の、家族関係に恵まれていない、王になるという重い使命を背負う少年。

 

 

 

 さらに体を近づけて、眠ったザクスに寄り添うと、葉菜は目を閉じた。

 

 

 

 変わりたいなんて、数えきれない程願ってきた。

 願いはいつも途中で挫折し、諦めて生きてきた。

 

 

(――だけど、誰かの為に変わりたいと思ったのは、これが初めてかも知れない)


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