皇太子と変化3
(りょ、凌辱された……)
葉菜のは前足を床についたまま、後ろ足を投げ出してシクシクと泣いた。尻尾も悲しげに床の上に伏している。
力が入り過ぎたシャンプーも酷かったが、それに輪にかけてブラッシングが酷かった。一体何本の毛が犠牲になったのだろう。禿げが出来ていないか、非常に心配だ。確認したくても、葉菜の全身を映すような大型の鏡がないから、確かめようがない。
だが消沈する葉菜とはうらはらに、加害者であるザクスは満足げだ。心なしか、口端が愉快げに上がってみえる。
「ふむ……下僕の手入れというのも、存外悪くないものだな。ペットだなんだにうつつを抜かす奴らの気持ちが少し分かった気がする……また洗ってやろう」
(金輪際ごめんだっ!!)
悲しいかな、ザクスに従属を誓っている身の上。葉菜がどれだけザクスの申し出を拒絶したところで、叶えられはしないだろう。
近い将来この悪夢の時間が再来する。
葉菜は一層流す涙を多くして、さめざめと毛皮を濡らした。
ザクスによる、葉菜の癒しの時間の侵略は、お風呂タイムのみにとどまらなかった。
今日も今日とて成果の上がらない魔力の訓練を終えて、肉体的精神的疲労を感じながらぐったりとベッドに四肢を投げ出して葉菜を、突然ザクスが訪ねてきた。
「よし、猫。今日から俺が一緒に寝てやろう」
そう言い放ったザクスの手には、枕が抱えられていた。
あんぐりと口を開いて反応出来ないでいる葉菜を他所に、ザクスは平然と葉菜のベッドに上がってくる。
(いやいやいやいや)
「いらない…狭い」
「俺とお前くらいで狭いわけあるまい。元々は現王が、複数人の愛妾と一度に戯れる為に作ったベッドだ。人間が五人ほど寝てもまだ余裕がある造りになっている筈だ」
(え、このベッドにそんな生臭い由来が…)
やたらでかいベッドだと思ったら、よもや乱交用だったとは。
散々使用していて今更だが、結構いやだ。なんか嫌な卑猥な液とか染み込んでいないだろうか。
「まあ使用する前に、落馬が元で下半身不随になって寝込んだがな。未だ寝台の住人だ。数ヶ月前に病も併発させて、多分もう長くない。それに伴い権威を奮っていた愛妾達も後宮から追い出したというわけだ」
(……今、さらっと衝撃発言されたような)
ベッドが未使用という事実に安堵しつつ、ザクスが脇に横たわりながら平然と述べた言葉の内容に顔を引きつらせる。
現王ということは、ザクスの父親である。父親が乱交好きな上に、事故で下半身不随になって、更に病気で死にかけていると、暴露されているのである。
昼ドラ展開があったことは把握していたが、実際に関係者から口に出されるとなかなか重い。なんて返せば良いのだろうか。
「別に慰めはいらないぞ」
葉菜が何かを口にする前に、ザクスが先回りして釘を刺した。
「父上が死のうが、俺は何とも思わない。来るべき時が来たと思うだけだ。……もっとも逆の立場だとしても、父上も俺に対してそう思っただろうな。直系の跡継ぎがいなくなって多少困るかも知れないが」
(さらに重い暴露をするな…!!)
お互いの生死がどうでもよい、希薄な親子関係。そんな暗黒事情どう受け止めればいいか分からない。
あまり家族運に恵まれてなさそうだと思ってはいたし、王族と一般人の家族事情はまた違うだろうが、まさかここまでとは想定していなかった。
葉菜とて、家族の仲はギスギスしていていて、そう恵まれた家庭環境にあったわけではない。だがザクスの事情はそれの比ではない。
(母親や兄弟は、とか聞いて良いんだろうか)
一瞬考えて、すぐに自分の考えを却下する。藪をつついたら、絶対蛇が出る。賭けてもよい。
受け止める自信がないなら、聞かない方が良い。




