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異界山月記 ‐社会不適合女が異世界トリップして獣になりました‐   作者: 空飛ぶひよこ
第三章

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皇太子と変化1

 何時もの早朝訓練。

 いまだ勝手に発動する身体強化の魔法を抑えるのに必死になりながら、走りまわる葉菜。

 葉菜への幼獣扱いを宣言したザクスの反応はというと。

 

 

「また身体強化が発動している!!ますますだらしない贅肉が増えるぞ!!デブ猫」

 

 ……あまり変わっていなかった。

 

 人間そう簡単に変われないことなんか、身を以て理解している葉菜だが、自分を子どもだと思っているのなら、もう少し優しく甘やかしてくれても良いんではないかと思う。

 少年に甘やかされたいとかほざく、駄目な大人だという恥は承知で。

 

 だが変わった部分もある。

 

「相変わらず足も遅いな…まあ、前よりは身体強化を使わない時間が増えたことは誉めてやろう」

 

 上から目線で取って着けたような言葉ではあるものの、たまに葉菜を誉めるような言葉を使うようになった。

  何かを企むような悪役じみた笑みを浮かべながら。恐らくこれがザクスなりの甘やかしなのだろう。

 飴と鞭を使いわけようとしているのだ。

 

 思惑にのるようで少し悔しいが、これが嬉しい。自分の存在意義をザクスとの関係に見出だしていたことに気がついただけに尚更だ。

 何も感じてないかのように澄ました顔でつんとそっぽを向いて見せるが、尻尾は誤魔化せない。ピンと立ち上がり、葉菜の喜びを雄弁に現している。

 ザクスがそれに気がついているかは分からないが。

 

「そうだな…褒美に今日は俺がお前を洗ってやろう」

 

「それはいらない」

 

 間髪いれずに即答した。

 

 変わった部分、その2。

 やたら積極的にコミュニケーションをはかってくるようになった。

 どうやら、ウイフに幼獣は構ってやらなければ寂しがって情緒不安定になると、吹き込まれたらしい。

 非常に余計なことをしてくれた。

 コミュニケーション全般が得意ではないザクスが、何とか構おうとしてくる様子は兄になりたての子どものようで微笑ましいが、ありがた迷惑な部分が多い。主に葉菜の安息の時間を奪うという意味で。

 

(いやだーいやだーリテマさんに洗って貰うんだあ~)

 

 葉菜の拒否は完全に無視され、首ねっこを掴まれ、いやいやと首を振ったまま洗い場までずるずる引きずられていく。

 2メートル越え、100㎏越えが普通だった元の世界の虎に較べて、葉菜は幾分か小さい。体長は170㎝程度のザクスとと同じか、少し小さいくらいだし、体重もそこまでは重くないだろう。(そういった意味では葉菜の獣姿は、虎ならば本当に子どもの体躯なのかもしれない。異世界で虎がどのくらいの大きさなのか、そもそも虎に似た生き物がいるかも分からないが)

 しかし、確実に人間だった頃よりは重い自信がある。それを片手で簡単に引きずっていけるだなんて、ザクスは細い腕をしてどれだけ馬鹿力何だろうか。考えるだに恐ろしい。

 

「訓練お疲れ様です。魔獣様…あら。殿下」

 

 いつものようにお湯の準備をしてくれていたリテマが、ザクスの姿に気付いて驚いたように目を瞬かせた。

 

 

「朝から殿下が湯あみをなさるなんて珍しいですわね。殿下は執務もありますし、魔獣様より先に入られますか?」

 

「いや、リテマ。今日は俺がこいつを洗ってやろうと思って」

 

「あら、まあ!!」

 

 リテマが両手を口にあてて、目を見開いた。

 絶句したかのような、その反応に葉菜は反対の声を期待する。

 

(リテマさん、この馬鹿太子に言ってくれ。『獣を風呂に入れるなんて行為、殿下には相応しくありません。私がやります』と。そして私に魅惑の時間を…!!)

 

「まあ、ザクス様が魔獣様をそれほど気にかけられるなんて!!なんて素晴らしいのでしょう!!」

 

 リテマから感極まったかのように発せられた言葉は、葉菜の期待をあっさり裏切った。

 


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