社会不適合女vs森
歩けども、歩けども森。
時々、得体の知れない生物。(危険度不明)
確かに、異世界に行きたいとは思った。
思ったが…
「こんな展開は望んでない〜…!!」
ぶわっと涙と鼻水が同時に溢れた。
道ならぬ獣道を歩き続けて、運動に慣れていない足はガクガクしているし、いつどんな獣に襲われるか分からない恐怖で頭がおかしくなりそうだ。
いざという時武器にできるように、落ちていた木の枝を手に持っているが、一撃ですぐ折れそうな脆弱なそれでは、心の慰めにも ならない。
姿形や能力に特別な補正がかかっていない時点で、自分が特別な存在で何らかのために召喚された可能性を諦めた。日本人故の黒髪黒目が、なんか特別なあれなのかも知れないが、来るか分からないどころか存在すらあるか怪しい迎えを、その場で待っているなんて自殺行為は出来なかった。
(お母さん…お父さん…お兄ちゃん)
折れそうな心が、別の世界にいる家族を思い出させた。
模範的な家族とは言いがたかった。
夫婦仲はかなり危ない状態だったし、兄は10年くらい遅い反抗期で、色々と息苦しい家だった。
それでも、家族全員が葉菜を愛してくれていた。
特に母は遠い地で、上手く仕事に馴染めない葉菜を、ひどく心配して、何度も連絡してくれていたのに。
「ごめ…なさい…ごめんなざい…おがぁさん……」
階段から落ちた自分の記憶を思い出す。
涙と鼻水が次々と溢れてきた。しゃっくりが上がって上手に息が出来ない。
きっと、もう自分は、あの世界には、戻れない。
「うあああああ」
葉菜は幼い子供のように、声をあげて泣いた。
異世界に行きたいなんて思わなきゃ、良かった。
せめて3年、それかクビになるまで、なんて意地を張って仕事を続けなければ良かった。
さっさと田舎に帰って、親の庇護下で資格をとるなりして、生き方を考えれば良かった。
葉菜は誰もいない森の中で、涙が枯れるまで泣き続けた。
泣きごとを言ってられたのも最初のうちだけだった。
歩いても、歩いても森は途切れる様子がない。人の姿も見えない。
頭の中に「樹海」という単語が過ったが、首を振って打ち消す。
遭難だなんて、笑えない。
日が暮れる前に、せめて人の集落まで到着したかった。どんな生き物がいるかも分からない森で一晩過ごすのなんかごめんだ。
だが焦る葉菜に対して、無情にも辺りは暗くなっていく。
葉菜は諦め、取り敢えず一時的な避難場所を探すことにした。
たが見渡せど見渡せど木、木、木。
雨風凌げる洞窟など、何処にもない。
葉菜は大きく溜め息を吐くと、近くの大人の両うでで抱えこんで届くか届かないか程度の太さの木に向きなおった。
運動神経は得意でない。けれども、少しでも安全な場所を確保しようと思ったら、それしかない。
葉菜は万が一にも、登りきったあと生い茂った枝葉に隠れていた何かしら狂暴な生物と対面したりしないように、一度木を思い切り蹴飛ばして反応をみると(カラスのような鳥が飛び立っただけだった)木を登り始めた。
木登りは非常に困難だった。
子供の時分ですら、木登りをして遊んだ記憶がほとんどないのだから、当たり前なのかも知れない。
掴んだところは木の皮が剥けてきて非常に心もとないし、定期的に何らかの虫と遭遇して悲鳴をあげかける。手の上を親指大の蟻のようなものが這った時は耐えきれず一度木から落ちて全身を殴打した。
それでも、少しでも安全を確保したい一心で、何とか中腹の頑丈な太い枝の上に到着したころには、夜はどっぷりとふけていた。




