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異界山月記 ‐社会不適合女が異世界トリップして獣になりました‐   作者: 空飛ぶひよこ
第三章

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獣と逃走7

 顔が腫れぼったい。

 顔の回りの毛皮が濡れて、重い。

 

(……さて、この状況どうすんべ)

 

 泣くだけ泣いて、ようやく落ち着いた葉菜は、自分が押し倒しているザクスにちらりと視線をやった。

 ザクスは怒っているのか、呆れているの分からない無表情で葉菜を見上げている。

 やってしまった。今の状況を一言で表すなら、まさにそれだ。

 泣くことに夢中で自分がしていることに気がついていなかったが、葉菜を切り捨てた張本人に泣きつくなんてますます状況が悪くなる行為ではなかろうか。

 女の涙は武器になるというが、獣の、それも常にマイナス評価をしている対象の涙なぞ、意味があるとは思えない。

 

(――ザクスが、頭を撫でるとか似合ないことをするから)

 

「……おい」

 

 脳内でザクスに責任転嫁をしようとしていたところを急に声をかけられ、体がビクッとはねる。尻尾が勢いよく立ち上がり、ぶわっと膨らんだのが分かった。

 

(エスパー!?まさか、ザクス私の心を読んだ!?)

 

「気が済んだなら、どけろ。……重い」

 

「…え?……ああ、うん……」

 

 ザクスの当然の要求に、葉菜は身を起こして脇に避ける。

 ザクスは体を起こすと、首や肩の関節を伸ばし出した。

 よく見ればザクスの来ている服は、葉菜の涙やら鼻水やらで悲惨なことになっている。死亡フラグがますます濃厚になった。

 葉菜は尻尾を股に挟みながら、びくびくとザクスの沙汰を待った。

 

「――悪かったな」

 

「え?」

 

 気まずい沈黙の後ザクスが発した言葉に葉菜は耳を疑った。

 あの傲慢さを擬人化したかのような、ザクスが謝る。にわかには信じられない。

 だがザクスは決まり悪そうに顔を背けながら、なおも謝罪を続ける、

 

「厳しくやり過ぎた…まだお前が、幼獣だとは思わなかったんだ」

 

(ん?)

 

「幼いうちは魔力コントロールが難しいのだな。お前の情緒が成熟するまで、主として気長に付き合うことにする」

 

(んんん?)

 

 

 何か、とても勘違いされている。

 

 情緒が成熟も何も、葉菜の中身は24歳の大人だ。少々幼稚な面は認めるが、既に色々成熟しきっている。月日を待ったところで、そう変化がしないことは予想がつく。

 葉菜の魔力コントロールが下手なのは、あくまで葉菜が異世界人だからだ。異世界に来た人間が皆葉菜のような精神年齢とは限らないのに、魔力コントロールに秀でた過去の事例がない辺り、完全に体質だろう。

 

 

(だが子ども扱いされるなら、それはそれで好都合っ…)

 

 葉菜の目がギラリと打算で光る。

 この勘違いでザクスが優しくなるなら、それに越したことはない。元々ジーフリートに対しても、子どもを演じていた葉菜だ。獣姿で子どもに見られても、今更恥も何もない。

 演じていた訳ではない素の自分で、子ども扱いをされるのは些か不本意であるが。

 反省や自己嫌悪が続かない女、葉菜。先程までの殊勝な態度は何処へやら。性懲りもなく、そんなことを考える。

 

 人間そんな簡単に変われやしない。楽が出来る隙間を見つければ滑り込もうとする、その駄目っぷりは筋金入りである。

 

 

 だがザクスの次の言葉に、葉菜は打ちのめされることとなる。

 

 

「半年後の成人の儀の後、俺は王位を継承する。その時までにお前をどうにかしようと、少し焦り過ぎていたようだ」

 

(……成人の儀?)

 

 

 ウイフとの勉強会で、葉菜はグレアマギにおける一般常識を習った。そのなかでには、成人に達する年齢も含まれていた。

 異世界に限らず、異文化圏では現代日本ほど高年齢で、ようやく成人とみなされる所は少ない。大抵は日本人からすればかなり幼い年齢で、成人する。

 グレアマギも当然そうだった。にも関わらず子どもとみなされる自分ってどんだけなんだと、内心突っ込みをいれたから間違いない。

 

(ちょっと待て、おい)

 

 たらりと冷や汗が伝うのを感じた。

 

 

 葉菜はまじまじとザクスを観察する。

 どうみても自分と同じ年くらい、もしくは年上だ。

 若かったとしても、せいぜい18歳くらいだろう。

 

 たが、ここは24歳の葉菜がとても幼く見られる世界で。

 

 

 逆にいえば、葉菜よりずっと若い子が、老け顔に見える世界な訳で。

 

 

「………ねぇ、ザクス」

 

 自分の翻訳ミスであることを祈りながら、葉菜は思いきって口を開いた。

 

 

「ザクス、年齢、いくつ?」

 

 ザクスはそんな葉菜の言葉に、心底訝しげな表情で答えた。

 

「14に決まっているだろう。お前は引き算も出来ないのか」

 

 

(嘘だああああっ~~~!!!!)

 

 

 

 葉菜は内心絶叫した。

 

 

 

 

 斎藤葉菜、24歳。

 この度10歳も年下の男の子に、子ども扱いされることになりました。

 

 

 少々……いや、非常に、かなり、とてつもなく情けないです。

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