獣と逃走2
「使えない…っ!!」
王族としては殺風景すぎる自室のベッドの上に荒々しく腰をかけながら、ザクスは苛立たしげに吐き捨てた。
主従契約を結んだ、莫大な魔力量を持つ獣。その魔力量に反して、思いの外使えない。
ここ数日、訓練を続けているが、驚くほど成果が感じられなかった。
無意識で行う魔法の展開の速さは一級。特に身体強化に関しては、瞬時に魔法を展開して身体中に行き渡らせるあの技術は、人間ではけして真似出来ない。
だが、それだけだ。
今行使出来る以外の魔法を習得することも、その魔力を調整することも出来ない。体得している魔法を自分の意思で展開することですら、火属性以外の魔法では困難そうな始末である。
魔獣の生態はあまり知られてはいないが、まさかこうまで能力に偏りがあるとは思わなかった。
「……そもそも、何とかして魔力コントロールを習得しようという意思が見受けられんのだ」
ザクスは訓練中の獣のふてぶてしい態度を思い出して、こめかみをひくつらせる
グレアマギの国民の殆どは、生まれた時から、自分の魔力量にみあった分だけ、ごく自然に魔力をコントロールすることが出来る。
だが、絶対数は少ないものの、生まれつき魔力コントロールがニガテなものも一定数は存在する。
しかし彼らが大人になっても魔力コントロールが出来ないということはまずない。15歳の成人の儀までに、周囲が徹底的にコントロールを教え込むからだ。
教えられる当人も、普通の人より劣っているという負い目から、必死で魔力コントロールを体得しようと訓練に励む。一度魔力コントロールを体得すれば、それを継続するのは元々の才があろうがなかろうがあまり関係がない。
元々は魔力コントロールが苦手だったがそれを克服して、高名な魔術師になった先人もあまた存在している。
最初から絶対量が決まっている魔力量の差異とは違い、魔力コントロールの不得意は、努力でなんとかなる部分なのだ。
それなのにあの獣は、帝国の民なら誰もが欲しがる莫大な魔力量を持ちながら、コントロールの訓練に消極的だ。口に出してこそはいないが、『今のままで十分なのに、なんでこんなことをしなければならないんだ』という感情が、ひしひしと伝わってくる。実に腹立たしい。
(もし、自分があれだけの魔力量を持っていれば…)
浮かんできた考えを、ザクスは舌打ちと共に飲み込む。
けして起こりえない仮定をしたところで、意味がない。そんな考えは、もうとうの昔に捨て去った筈だ。
ザクスは溢れそうになる苦い思いに蓋をして、獣のことを考えた。
憎たらしい自らの下僕のことを考えると、暗い気持ちが即座に怒りに切り替わる。
使えないなら使えないなりに、殊勝な態度をしていれば良いものを、獣はザクスに対してどこまでも反抗的だ。首輪のせいか最初の頃ほど実際に反抗することは減ったものの、ザクスの命令がある度に明らかに嫌々な雰囲気を醸し出している。ザクスが側にいるだけで、露骨に表情を歪める。
その癖、ウイフやリテマには媚を売るかのように甘えたりするのだから、余計にザクスを苛立たせる。
(誰が主人だと思っているんだ)
契約の首輪も、態度が悪いくらいでは獣を罰することはない。
だから代わりにザクスが拳や足で制裁を下しているのだが、全力で痛め付けようとしても、分厚い脂肪に阻まれているのかさしてダメージを負った様子も見せない。
「くそっ…招かれざる客人さえ見つかれば、あんなデブ猫お払い箱にしてやるものの」
未だザクスは諦め悪く部下に「招かれざる客人」こと「穢れた盾」を探索させているが、発見は絶望的だ。
ならば不本意ながら、あの使えない獣を利用するしかない。
「ん?……」
左手の薬指の指輪が、不意に真っ赤に光だした。
一拍後に、その光の意味に気づいたザクスは般若の形相で立ち上がる。
「あんの、くそデブ猫がぁあっ!!」
ザクスは一人吠えると駆け足で部屋を後にした。
向かうは獣の居場所だ。
どこまで行っても気にくわない獣だ。
だが、逆にちょうどいい。
(あの空っぽの脳ミソに、誰が主人か叩き込んでやるっ…!!)
ザクスは握った拳の爪を掌に食い込ませた。




