獣と穢れた盾3
「…魔獣殿…?」
ウイフから躊躇いがちに掛けられた言葉に葉菜は我に帰る。
どうやら殺気を放っていたらしく、向けられる視線には畏れが混ざっていて、慌てて気持ちを切り替える。
「ごめん。ウイフ。別のこと考えてた」
憎悪に満ちた険しい顔を誤魔化すかのように、顔を洗ってみせる。
いきなり不自然な動作かも知れないが、 まあ可愛らしくみえるし、ウイフの表情が安心したように少し緩んでいるから、良いとしよう。
しかし唾を顔に塗り付けることに抵抗を感じないあたり、猫科の性に侵されていることを感じる。
強力な力を持ってはいるものの、普段は無害の愛らしい生物。
葉菜は城ではそんなボジションを目指していた。
畏れが多ければ、常に気を張っていなければならず、面倒臭い。
侮られ過ぎれば、軽んじられ立場が弱くなる。
最近気楽に生活し過ぎて、侮りの比率が多くなっていたから、殺意が漏れでていたことは逆にちょうど良かったのかも知れない。葉菜はひげを整えながら、冷静に考える。
ウイフに感じさせなければならない。自分はあくまで愛玩動物の立場を甘んじてやっているのだと。全ては強者の余裕。その気になれば気に入らないものを廃除するのは簡単だと、そう思わせておいたほうが良い。
自分が従うべき義務があるのは、契約によって縛られているザクスに対してだけなのだから。
(しかし、異世界人には魔力のコントロールが難しいのか)
そういえばザクスが、今夜から魔力の訓練をすると言っていた。
嫌な予感しかしない。
葉菜は背中に冷たいものが走るのを感じながら、再びはじまった講義に意識を戻した。
――嫌な予感は適中した。
「なんでそんな簡単なことも出来ないんだっ!!」
(あー、どこかで毎日聞いていたような台詞)
何度目かの魔術訓練のあと葉菜は眦を吊り上げて怒鳴るザクスに対して、遠い目でうつむいた。
会社員時代、毎日のように上司から怒鳴られ続けた言葉だ。
なんで出来ないのか、と問われても困る。出来ないから出来ないのだ。
寧ろなんで皆が、出来るのか教えてほしい。
葉菜には、「普通に意識すれば出来る」の、「普通」が理解出来ないのだから。
葉菜は溜め息を吐いて、今までの魔力の訓練を思い出す。
ファンタジーでお馴染みの四大元素の属性、地水火風、加えてこれまた王道な光、闇、それに契約魔法、身体強化、時魔法、空間魔法といった、様々な魔法を自分の意思で行使しようとしたが、ことごとくアウト。
唯一火属性に関しては、サバイバル時代の賜物か、火を自由につけることは出来るが、その大きさを自在にコントロールしたり、流れを操ったりは出来ない。何度も繰り返していたら、勢いがつき過ぎて、あやうく火事になりかけた。
(いつでもどこでも火をつけられるなら、いいでない)
葉菜は怒鳴られたことに内心ふてくされる。
カセットコンロも、マッチもない不便な世界。火打石がなくても火がつけられる能力は便利だと思う。
ヘアスプレーがあれば火炎放射も出来る。そんなものが、この世界にあるか分からないけれど。(たぶん間違いなくない)
無意識ならば、身体強化で高速で走れる。それでもう十分なのではないか。
だけど、ザクスはそれだけでは満足してくれない。
葉菜ほどの魔力を持っているのなら、もっと強力な魔法を使える筈だと、勝手なことをいう。
グレアマギの国民は全て魔力を有しているが、その所有量は個人差がある。だけど、コントロールという点では魔力量関係なく、皆が呼吸を行うかのように、自然に出来るという。
魔力量の少ないものは少ないなりに、多いものは多いなりに、量に見あった魔法を行使出来る。
当たり前に。普通に。努力する必要もなく。
だから魔力量が多いのに、自在にコントロール出来ない葉菜は、異質な存在なのだ。
(仕方がないでないか)
自分は、魔力がない世界で育ったのだから。
(私だけじゃない)
異世界人は、皆そうだとウイフも言ってたではないか。葉菜の能力や、努力が足りないわけではない。
悪くない。
悪くない。
自分は悪くない。
勝手に期待したザクスが悪い。
異世界人だからと、魔法のコントロールがうまくいかせない、この世界が悪い。
量のみなんて、中途半端な特典しかない、チート魔力が悪い。
自分は悪くないのだ。
だから
(そんな失望したような目で、私を見るなっ!!……)




