獣と穢れた盾2
自分は選ばれた特別な存在なんかではない。
分かってはいたし、そう自分に言い聞かせてはいたはずだった。
だけど、虎に変化するは、無理矢理契約を結ばされて城に連れてこられるはという、非現実的な出来事の連続と、自分が高い魔力を持っているという衝撃的な事実に、いつの間にか期待してしまっていた。自惚れが芽生えていた。
自分は世界に選ばれて喚ばれた、特別な存在なのではないかと、そう思ってしまった。
蓋をあけてみれば何てことはない。たまたま葉菜がいたあの駅のあの場所に神子と呼ばれる特別な存在がいた。
ただ、それだけの偶然の出来事。
別に葉菜でなくとも、あの場所にいた人間なら、誰でも良かったのだ。
かち割れた筈の頭蓋骨が元に戻っているのは不思議だが、たぶん神子を運ぶ魔力だか神力だかでたまたま治癒されたのだろう。
(そう考えれば死んだ筈の自分が命拾えただけ、運が良かった?)
そんな風に考えても、沈んだ気持ちは浮上せず、口からは小さな自嘲の笑みが漏れた。
そういえば葉菜が読んでいたファンタジー小説には、「巻き込まれトリップ」というものがあったな、と思い出す。たまたま神子の傍にいた為、一緒に巻き込まれて異世界に来た主人公。ちやほやされる神子とうらはらに、迫害されることが多い主人公が、自らの力で成り上がる。
自分は迫害されたり、持て囃される神子を間近で見せつけられない分マシかも知れない。チートな魔力量という、特別な才能も、与えられた。
――けれども、どうしようもなく、惨めだ。
他人に較べて恵まれているなんて考えは、真の意味では惨めさを慰めてくれない。ましてや比較対象はフィクションの登場人物だ。現実のものとして体感している葉菜とは違う。物語の作者が描いてくれるようなハッピーエンドは、葉菜には約束されていない。
神子なんて存在がなければ、葉菜はこんなに惨めな気持ちにはならなかった。異世界トリップが偶発的に起こった出来事なら、そんなものかと葉菜は納得できた。
だけど、神子は実在していて。
葉菜と違って、選ばれた特別な、求められる存在が、葉菜と供に元の世界からここに来ていて。
自分はその神子を守るための使い捨ての道具に過ぎなくて。
妬ましい
憎らしい
羨ましい
自分が、そんな存在になりたかった。
葉菜は姿も見たことがない、「神子」に憎悪を燃やした。
葉菜のなかで覚えがある熱が、揺れる。
元の世界を知る、もしかしたら唯一の存在かも知れない同胞。
だけど、きっと会ったりなんかしないほうが良いのかも知れない。
もし会えば、盗賊の時のように葉菜のなかの獣が、神子を襲う。
そんな自信があった。
(――そんな攻撃も、特別な存在である『神子様』にとっては効果がないものかも知れないけれど)




