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異界山月記 ‐社会不適合女が異世界トリップして獣になりました‐   作者: 空飛ぶひよこ
序章

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おいでませ異世界

まだしばらく人間です。

 目が覚めた瞬間、葉菜は絶叫した。

 スヌーズ機能で何度も鳴っている目覚まし時計が指すのは出勤ギリギリの時間だ。

 朝シャン派な葉菜であるが、そんな余裕もなく、冬場だし1日くらい何とかなるだろうという接客業にあるまじき考えのもと、下着と服だけかえて家を飛び出す。

 

 走りながらスマートフォンのマップ機能で電車の時間を調べる。今の出勤先は、一回乗り継いで一時間かかる店舗。乗り継ぎの時間が非常にギリギリな予定である。

 焦る気持ちを押さえて、一回めの電車の入口付近に張り付く。扉が開いた瞬間が勝負である。

 

(――着いた…っ!!)

 

 扉が開いた瞬間競争馬のようにホームを一直線で駆け出す。込み合う前に、運良く誰もいない階段を駆け降り―……

 

 三分の一ほど降りたところで足首をひねった。

 

 傾く体。その場に踏みとどまろうと咄嗟に出した足は空を切り…

 

 勢いをつけ過ぎた体は、階段に叩きつけられ転がることもないまま、真っ直ぐに階下に落ちていった。

 

 

 

 

 頭が叩きつけられる強い衝撃と、聞こえる悲鳴。

 頭蓋骨が陥没し、そこから自分の脳髄が飛び散っている、そんなグロテスクな幻想を、見た気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 ―――――――

 

「―――……ん……」

 

 鳥のさえずりの音に葉菜は目を覚ました。

 

「……ぐふぉ…うぐぁ」

 

 うつ伏せに倒れていた葉菜は体勢を起こすなり、顔中を汚して口の中にまでしっかり入り込んで いた土にむせ混んだ。

 咽の奥まで張り付いた苦い味に、しばらくえづいたあと、垂れる唾液を服の袖で拭う。

 

「ここは…」

 

 落ち着いて辺りを見回すと、そこは鬱蒼とした森であった。1つ1つ木々の幹の太さや、葉が大きく、別に森に慣れ親しんでいるわけではないから規準は分からないものの、あまり人間の手が加わっていないのではないか、と思う。

 直ぐ脇の葉の上にいた、見たことがない蛍光オレンジの芋虫にぞわりと鳥肌をたて即座に見ないふりをしてから、葉菜は思考を整理する。

 

 自分は駅の階段から落ちたのではなかったのだろうか。

 

(あれは、もしかして夢?)

 

 期待は浮上して、すぐ消える。

 それにしても、今の状況は非現実過ぎる。

 夢の中で夢を見ていた可能性も考えられるが、それにしては感覚が鮮明だ。

 ちゃんと植物を触った感覚はあるし、土の味は苦い。いまだに口の中はざりざりするし、逆流仕掛けた胃液が咽を溶かす痛みも感じる。

 それに、夢だと疑った時点で起こるなんらかの変化―葉菜は一時期明晰夢に凝っていて、夢の中で夢と気付く術を画策した経験がある―

 体の動きが鈍くなったり、意識が浮上したりといった変化が見えなかった。

 

(だとすると、考えられるのは……)

 

 葉菜の直ぐ脇を鳥が飛び立った。

 いや、鳥と言って良いのだろうか。

 色鮮やかな翼をもった小型爬虫類。それは葉菜の知る、始祖鳥と良く似ていた。

 滑空する器官をもった爬虫類は地球上に存在していたような気がするが、羽をもった爬虫類は現存していない筈だ。

 

 昨夜見たネット小説を思い出す。

 不慮の事故にあった少女は、目が覚めると森の中にいて、そこはー

 

「――異世界」

 

 沸き上がってきた唾を、ごくりと唾を飲み込んだ。

 

 実はもう1つ考えがあったが、認めたくなかったので、蓋をした。

 

(ここは、異世界。私は異世界トリップしてしまったのだ。)

 

 だって、こんなにシチュエーションが似てるのだから、そうに決まっている。

 心臓は高鳴っているし、口の中は乾いている。体は正常に機能している。

 

 ここが、死後の世界だなんて、そんな筈はない。

 


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