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異界山月記 ‐社会不適合女が異世界トリップして獣になりました‐   作者: 空飛ぶひよこ
第三章

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獣とお城ライフ3

 葉菜が以前本で読んだ「内なる力」とは魔力のことであり、グレアマギでは魔力持ちは種族を問わず重宝される。

 だが、葉菜は魔力を無意識で使っているが故にコントロールが出来ない。

 魔力は際限なく所有しているものではなく、上限があるらしい。だから、葉菜のように無意識に浪費状態なのは、問題なのだ。

 そのため、ザクスいわく「醜く弛んだ脂肪だらけの躰」を引き締めるのも兼ねて、魔力により「身体強化」を使わない走り込みが早朝の日課になっているのだが。

 

(き、きつい)

 

 魔力を使っていた際は全く感じていなかった苦しさが、ダイレクトに葉菜を襲う。ちょっと気を抜くと「身体強化」を発動させてしまうため、常に足に力を入れないことを意識しないとならず、脳みそ的にも辛い。

 もともと運動が得意でない葉菜だ。異世界補正こと、魔力の発動がなければ、獣の姿でも素晴らしい走りが出来るはずかない。

 スピードや持久力は人間だった頃に比べれば大分ましだが、獣としてはどうかというレベル。恐らくこの状態ならば、葉菜はウサギ一匹狩れはしないだろう。走る効果音をあえてつけるなら、「ボテッ、ボテッ」

「ッ」が入っているところに、なけなしのスピード感を感じて欲しい。

 

 

 

 

「――今日はこれくらいか。やめていいぞ」

 

 ザクスの終了を告げる声に、葉菜は四足を地面に腹から突っ伏した。舌を出してゼーハーと荒い息を整えながら、大きな体を揺らす。

 ザクスはそんな葉菜を見下ろしながら、すんと葉菜を鳴らすと、器用に片眉をしかめた。

 

「獣臭さがさらに酷くなっているな…飯の前に湯あみをして来い。不快だ」

 

(こ・い・つはぁっ!!)

 

 ピキリと葉菜はこめかみの辺りを引きつらせた。

 乙女(♀)に向かって臭いとは、なんとデリカシーのない男だろう。だれかこの男に帝王学を教えたりする前に、紳士とはなんたるかを叩きこんでくれ。切実に。

 

 そう思いながらも、葉菜は黙って身を起こすと、疲れた足取りで湯あみの場へと向かう。

 ザクスにそんな抗議をしても無駄なことはさすがに学習済みだ。

 

 

「お疲れ様です。魔獣様。そろそろくるだろう頃かと思って、ちょうどよい湯加減にしておきましたよ」

 

 湯あみの場でそう言って優しく微笑む四十代くらいの女性を目にした途端、垂れ下がっていた葉菜の耳と尻尾が、ピンと立ち上がった。

 

「わぁい、ありがとう。大好き、リテマさん」

 

(あぁ、悪魔に虐められたあとのリテマさん、まじ天使)

 

 リテマは葉菜の専属女官だ。母親のような懐の深さを持ち、痒いところに手が届く配慮が出来るこの人を、葉菜はいたく気に入っていた。

 リテマに飛び付いて、すりすり甘えたくなる衝動を、臭い躰でそんなことを行うのなぞ淑女として言語道断だと自分に言い聞かせて耐える。

 明らかに軽くなった足取りでいそいそと湯あみの場に向かう葉菜を、リテマは微笑ましげにみていた。

 始めてあった時はさすがに脅えをみせていたが、いまや自分はリテマの愛でる対象になっている確信を深めて葉菜の機嫌はさらに上昇する。

 

 葉菜が向かった湯あみ場は、ジーフリートの家で使っていた五衛門風呂とは違い、美しい白磁の陶器で出来た西洋風のシンクでより元の世界のバスタブに近い。違いといえば、いちいち湧かしてお湯を汲んでためなければならないことだろうか。

 たっぷり貯められたお湯を、リテマの細腕で準備するのはさぞ大変だったろう。

 リテマに感謝の視線を投げ掛けながら、バスタブに身を沈める。

 

(あ~極楽~)

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