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異界山月記 ‐社会不適合女が異世界トリップして獣になりました‐   作者: 空飛ぶひよこ
第三章

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獣とお城ライフ

 天国のジーフリートへ

 

 自分の死後のことまで考えて、遺言を託してくれた貴方の愛に、感謝を禁じえません。

 

 貴方は素晴らしい人だ。

 

 だけど、贅沢かもしれませんが、こう思うことは許して下さい、

 

 

 ――もっとましな託し先はありませんでしたか?

 

 

 

 

 獣の体で思いきり躰を伸ばしてもなお、人間一人分以上の余裕がある巨大な天涯付きのベッドの上で、葉菜は丸くなって幸福な惰眠を貪っていた。

 ふかふかのベッドは、洞窟生活ではもちろん、ジーフリートの家や元の世界でも味わえないほど、素晴らしい寝心地である。たぶん材料も値段も段違いの贅沢な逸品なのだろう。

 葉菜は眠りながら、黒い湿った鼻をすぴすぴと幸せそうに動かしている。猫科の動物が好きな人間が見たら、恐らく即座にカメラを用意して愛でるのではないかというほど、その姿は愛らしい。

 だが、その愛らしさを全く解さない不届きものが、葉菜の寝所に迫っていた。ザクスである。

 ザクスは部屋の扉を開けてなかに入るなり、眠る葉菜をみて眉をしかめた。そのままつかつかと早足で葉菜に近付く。

 ザクスが不機嫌なオーラを垂れ流しにしているのにも関わらず、葉菜は全く起きる気配を見せない。相変わらず、葉菜の動物的センサーは仕事をしない。

 ごろんとベッドの上で寝返りをうつと、真っ白い無防備な腹部を露にした。食べ物の夢でも見ているのか、口がむにゃむにゃと動き、時おり舌を出して口回りを舐めている。

 

 ザクスはそんな葉菜のを見下ろして溜め息を一つ吐くと、

 

 

「いつまで寝てる…クソネコ」

 

 葉菜の腹部に勢いよく、その足を食い込ませた。

 

「――――っっっ!!」

 

 声にならない声が、離宮内を響きわたる。

 残念なことに三日に一度はおこる、恒例の出来事である。

 

 

 

「オニ、アクマ、ギャクタイだ、動物」

 

「いい加減その拙い念話を何とかしろ。聞き苦しい」

 

「痛いよ、毛皮の下、なってる。アザ、絶対」

 

 起きるなり、持っている語彙のなかから言える罵倒の言葉を並べて抗議する葉菜を、ザクスは冷たくあしらう。

 葉菜はザクスに蹴られた自身の腹部を見下ろしながら、耳をぺしゃんと倒させた。尻尾は悲しげにベッドに投げ出されている。

 猫好きな人間でなくても、通常の感性を持つ人間なら罪悪感を感じるであろう風情だ。

 だが、ザクスは通常の感性を持っていない。

 

「痛い?痛いわけないだろう。それだけ無駄な脂肪に覆われてるんだから」

 

「…なっ!!」

 

「蹴り飛ばしても腹筋を全く感じなかった。トレーニングの成果が出ていない証だ。デブネコ」

 

(デ、デブネコだとっ!?)

 

 平然と言い放たれた聞き捨てならぬ言葉に、倒れていた耳と尻尾が激情でピンと立ち上がった。

 

 

 中身の酷さはピカイチだが、人間だった頃の葉菜は、自分の外見についてはさほど不満を持っていなかった。

 美女とは言えなくても、それなりに整ってまあまあ愛らしい顔。幼い頃は小さかったが、思春期でにょきにょき成長した結果平均まで伸びた身長。BMI値が標準を脱したことがない体重。

 飛び退けた美点はないし、脚が太めなど細かい欠点はあれど平均よりちょっと上の素材(あくまで素材だが)だと自負していた。

 特に体重は不規則な生活を送ろうが大差なく、自分はきっと食べても太らない体質なのだと密かに自慢だった。

 

 そんな葉菜の幻想が打ち砕かれたのが大学一年の秋。

 ダイエットだなんだと騒いでいる友人に触発され、体脂肪付の体重計を買ったのが悪かった。

 

(まあ、私体重減らないけど増えもしないし?見た目は細くみられるし?関係ないけど?)

 

 そんな上から目線の優越感に満ちた態度で挑んだ測定。

 

 体重は全く問題なかった。寧ろ少し痩せていた。

 

 しかし体脂肪率の測定結果をみて愕然とした。

 

 

「体脂肪率33%」

 

 少ない・標準・多いと数字の下に3段階で示された棒グラフの表記はマックスになっていた。

 葉菜は自身の携帯を取り出して、ネットで体脂肪率について調べてみた。30%以上が肥満、そう書いてあった。

 

 葉菜は携帯を放り投げて、悲痛な叫びをあげた。

 

 

 葉菜のコンプレックスに「隠れ肥満」が追加された瞬間だった。

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