獣と皇太子4
(名乗った!!恐らくは真名を!!自分から!!)
皇太子はその瞬間、内心哄笑した。本当は声をあげて笑いたいくらいだった。
半ば賭けのように尋ねた名前。まさか本当に素直に応えるとは思わなかった。
なんという、無知。
なんという、愚かさ。
――なんという、理想的な「傀儡」
白虎が「念話」を使って話をしてきた時、皇太子はその会話の鮮明さに驚いた。これほどはっきりと鮮明な声を持って意思を伝達することは高位の魔獣でも、なかなか難しい。
だが、「念話」を使った白虎自身は、もっと驚いていたようだった。まるで自身がそんな能力があることを知らなかったかのように。
その様子をみた皇太子の脳裡に、一つの仮説が浮かんだ。
(もしかすると、この獣は自分の能力の高さを知らないのか…?)
その仮説は、あまりにも皇太子にとって都合の良いものだった。
だが、そう思って白虎を観察してみれば、その強大な力にそぐわない「怯え」の気配を白虎が纏っていることに気付いた。
皇太子が優しく話しかけると、気配が「安堵」に変化する。
白虎に気付かれないように、皇太子は沸き上がった唾を呑み込んだ。
もし、目の前の獣が自分の能力を、価値を知らないのなら、皇太子につけこむ余地が出てくる。
本来なら、これほどの魔力量の獣を一方的に従えることができるのは、ジーフリートのような強力な契約魔法の使い手くらいである。
だけどあるものさえ分かれば契約魔法が使えない皇太子でも、自身の魔剣を媒介にして一方的に主従契約を結ぶ方法がある。
「真名」だ。
人間は生まれた時から通称である「仮名」と「真名」の二つの名前を持っている。
「真名」は、真実の名前。知ればその持ち主をある種の魔術や呪術において、縛ることができる名前だ。
真名を伝えることはすなわち、相手に恭順の意を示す行為であり、それだけで臣下の証明になる。
魔獣の多くは「仮名」を持たない。魔獣はその稀少性ゆえに単独で生息するものが多く、名前によってコミュニケーションをとる必要がないからだ。
「真名」すら持っていないものもいるが、その場合、契約魔法の持ち主に「名付け」により縛られることもあるため(フィレアがその良い例だ)、大抵は自分で「真名」をつける。
もしこの獣が、自分の力どころか、「真名」の存在すら知らぬほど、世間と関わりを断って、一匹だけで生きてきたのなら。
ジーフリートが「真名」の意味を教えず、また契約も結ぶこともなく、「名付け」を行っていたら。
皇太子は自分の考えを白虎に察されないように、魅力的だと自覚がある自らの顔を優しげな表情になるように意識しながら、それとなく白虎の名前を尋ねた。
白虎は何の躊躇もなく、自らの名を告げた。
なんという、僥幸。
(――大叔父上、貴方に感謝します)
「招かれざる客人」よりも、余程使い勝手の良い「傀儡」を得る機会を与えてくれたことを。
獣を無知で愚かなままにしておいてくれたことを。
皇太子は端整な顔立ちを歪に歪ませた。
作り物ではない、心からの笑みだった。




