獣と皇太子2
盗賊の時といい、絶対絶命の危機を前にして、美形か不細工かなぞ考えている場合でないだろうとは思うが、考えてしまうものは仕方ない。
こんな美形、テレビでだって見たことがない。なんせ、見方を変えれば個性やチャームポイントとなりうるような欠点が、顔のどの部分的をとっても見つからないのだ。全てのパーツが理想的な形状で、絶妙なバランスをもって配置されている。
人形か、もしくはリアルなCGを見ているようだ。思わず手を合わせて拝みたくなる。
かといって、「こんな美しい人に殺されるなら構わない」と思うほど乙女ではないけれども。
(……さて、どうしようか)
何とかして、剣を突きつけている美形に、自分が無害だとアピールしなければならない
これはあくまで勘だが、この美形があの不細工盗賊たちの仲間だとは思えない。顔面偏差値の差という偏見も大いにあることは否定しないが、そもそも身なりからして違うのだ。盗賊たちが着ていた服は、ツギハギもあるような古くて質が悪いものだったのに対して、美形が纏っている衣服は、服に詳しくない葉菜でも一目で良い仕立てのものだとわかる。
盗賊の親玉、もしくは黒幕説は否定は出来ないが、復讐に駈られてこの森にやってきたという可能性は、まずないだろう。
ならば襲いかからなければ、問題ないだろうか。否、もしこの美形が英雄思考が強い勘違い男なら、虎というだけで退治しようとするかもしれない。
中国の英雄譚には、虎殺しの異名をもつ男の話もあったはずだ。美形さんの経歴に花を飾る為に殺されたんじゃたまったもんしゃない。
(こうなれば、腹を見せて寝ころぶしか…)
腹を見せるのは動物の服従のポーズだ。
白い毛皮の中でも、一際真っ白でふわふわな腹の毛を男に見せつけてやろう。
巨大な虎の服従のポーズ。自分でいうのもなんだが、想像しただけでたまらなく愛らしいではないか。こんな愛らしい生物を容赦なく切りつけてくる鬼畜生なぞいない。いないと信じたい。
そう思って葉菜が寝ころぼうとした時、突きつけられた剣先がおろされた。
(………魔獣が襲ってこないだと?)
皇太子は動く気配を見せない目の前の白虎の様子に眉をひそめた。
魔獣は巨大な力を持つゆえに、恐ろしくプライドの高い生き物だ。そしてフィレアのような特殊な例を除いては、人間では太刀打ち出来ないような攻撃力をもっている。
剣を向けた対象が魔獣だと分かった瞬間、死すら覚悟していたのに、正直拍子抜けである。
(もしかしたら、誰かの契約獣だろうか。)
それならば、攻撃を仕掛けてこないのにも納得が出来る。
魔獣は気まぐれに気に入った人間と契約を結び、仕えることがある。
そうなれば主人の意図の方が個人の感情より優先されるようになり、めったなことでは襲わなくなる。
だが、これほどの魔獣を従える人間が、そうやすやすといるだろうか。
対峙しているだけで圧倒されるような威圧感は、白虎が魔獣の中でも特に強大な魔力を持っていることを感じさせる。
こんな魔力の主を従えられるのは、よほどの契約魔法の使い手ではなければ難しい。
そう稀代の契約魔法の使い手と言われた大叔父のような。
ふと、皇太子は引っ掛かりを覚えた。
自分は大叔父の養い子を「招からざる客人」だと思っていた。だけど本当に、そうだったのだろうか。
「招からざる客人」と、この白虎。そんなに強大な魔力の持ち主が偶然この森に集まるとは考えにくい。
よくよく考えればフィレアはジーフリートの養い子が「招からざる客人」かという問いを、肯定はしていなかった。
加えて、ジーフリートは人間嫌いだと噂される男だ。
「娘」という単語に、囚われていた。
だけど、もしかすれば
『――お前がジーフリート大叔父上の養い子か?』




