不死鳥と過去3
(…あのガキはこれから、どうするんだろうな)
負の感情による魔力の暴走によって、魔獣に変じたジーフリートの養い子のことがふいに脳裏に過る。
『従獣の間』は、ジーフリートが死してなお1日近く持続してフィレアを拘束していた。最期の瞬間放出し尽くした、ジーフリートの残り魔力全てによって。
フィレアは見ていた。養い子に何が起こったかも。その後どうなったかも。
皇太子にそれを教えなかったのは、単なる養い子への嫌がらせだ。
(……自分の姿に、猜疑心で正体を告げられない自分に、絶望しちまえばいい。あんなくそガキ)
ジーフリートが死んだのは、養い子のせいだと逆恨みする気はない。
養い子が魔力過剰のせいで熱を出し、それを吸収したせいでジーフリートが自身の魔力バランスを崩し、結界を不安定にさせたのは間違いない。養い子が犯されようとしなければ、ジーフリートがあんな無謀な反撃を行わなかっただろうことも。
だけどそれは全て一因だ。ジーフリートの死の大元は、フィレア自身にある。フィレアがいなければそもそも、ジーフリートは盗賊に襲われることはなかったのだから。
責任転嫁しようとも思わないし、したいとも思わない。それはフィレアの咎だ。
フィレアのために、ジーフリートは死んだ。
そのどこか甘さすら帯びた苦痛に満ちた事実を、フィレアは誰にも譲らない。
そんな怨恨からではなく、単にフィレアは、ジーフリートの養い子―ハナという名前の子どもを―どうしようもなく嫌いなのだ。
自己中心的で、猜疑心が強くて、その癖他人に受け入れたがっていて、甘えていて、人との触れ合いが下手で
――ジーフリートに出逢う前の自分を思わせるハナが、大嫌いだった。
『私が死んだら、ハナをよろしく頼むよ』
夜、二人きりで部屋で寛いでいる際に脈略もなくそう切り出したジーフリートに、フィレアは否と叫んだ。
大嫌いなあんな子どもの面倒を何で自分が見なければならないんだ、と。そんなにあの子どもが心配なら、100まで生きて養い子の孫が生まれるくらいまで見届けろと、そう突っぱねた。
ジーフリートの死んだ後のことなど考えたくもなかった。
そんなフィレアの反応にジーフリートは苦笑して、せめてもと、あの遺言を託した。
それすらフィレアは頑として拒否したのだけど、結局はこうしてちゃんとジーフリートの遺言を果たした。
(これで十分だろう?ジーフリート。少なくともあのガキの、衣食住は確保してやったんだから)
『――何で、そんなにフィレアはハナを嫌うのかね。二人は私から見たらよく似てるのに』
遺言を拒絶した時、ジーフリートが苦笑しながら言った言葉が脳裏に甦る。
同族嫌悪故だと察している癖に、すっとぼけた様子のまま、ジーフリートはこう続けた。
『私にとってハナが娘ならば、フィレアにとっては、ハナは姪みたいなものだろう?気に掛けてやってくれよ。あのこは、一人ぼっちで別の世界にいるのだから』
「…………」
まるで死んだジーフリートに諭されたかのように思い出した記憶に、フィレアは苦々しげな表情を浮かべる。単にジーフリートとの幸せな記憶に浸っていたかったのに、余計な記憶まで思い出してしまった。
(――いや、クソ皇太子にクソガキを任せた以上、あのクソガキは帝都に住むことになる。んなとこに俺がいるのをジーフリートは望まねぇだろう)
身を隠す場所も少ない帝都で、フィレアの姿はひどく目立つ。羽毛の変化とて一日中保てるわけではない。
一目フィレアの姿をみれば、帝都の民は即座にフィレアを不死鳥だと気付き、躍起になって捕らえようとするだろう。そんな状況をジーフリートがよしとするわけがない。それくらい、愛されていた自覚はある。
思わない。思わないのだが……。
「――――っ~~」
フィレアは嘴の奥で唸った。
帝都の民に見つからずに、帝都に住み着く術がないわけではない。ないわけではないが、切実にやりたくない。
その行為をたまらなく屈辱だと思うが故に、フィレアは危険を承知でその手段に頼らなかった。ジーフリートの前ですら、行ったことがない行為だ。
(なんで俺があんなガキのために、そこまでやってやらなけりゃなんねぇんだ!!)
首を左右に降って、思考回路を降りきると、飛ぶスピードをあげて、ネウトの森をめざす。
暫くは墓守りのように、あの森で過ごしてみようか。そして暫くしたら、別の大陸に渡って……
『――私が死んだら、ハナをよろしく頼むよ』
「…だあぁあ!!このクソったれ!!」
フィレアは再び浮かんだ過去のジーフリートの言葉に一人罵りの声をあげると、180度旋回をし、元来た方向へと向きを変えた。
どうせフィレアには嫌でも750年もの時間が残されている。そんな永い生のごく一時くらい、屈辱的行為で日々を送るのも悪くはないのかもしれない。
たとえその理由が、大嫌いな女の安全を見守るためという、輪に掛けて屈辱的なものであっても。
フィレアは大きな舌打ちをすると、先程まで自分が飛んでいた軌跡をなぞるように、再び帝都の中心に聳え立つ城に向かって翼をはためかせた。




