不死鳥と過去1
星一つないグレアマギの上空。
フィレアはただ一羽、闇夜に紛れるように飛んでいた。
昼間はひどく目立つ真紅の羽毛も、月も出ていない夜では問題ない。
羽毛の色はその気になれば変化させられるが、所有魔力の大きさに反して、自由に行使できる魔力量は少ないフィレアにはなかなか酷な行為であるため、やらないにこしたことはない。
(これから、どこへ行くか…)
行く宛なぞない。
フィレアの住みかはネウトの森ではない。元々フィレアは定住の場所を持っておらず、世界の各地を逃げるように点々と放浪して過ごしていた。
ジーフリートがいた場所こそが、300年間生きたフィレアにとって唯一の住みかであり、帰る場所であった。
フィレアのオレンジの瞳から、金色に輝く涙がこぼれ、宙に落ちた。
思わず、勿体ないと思ってしまった自分に自嘲する。
(勿体ないから、壺に貯めておけとほざいたクソ野郎は、もういねぇのに)
そう言いながら、ジーフリートは、「そうすれば好きな時に心おけなく泣けるだろう」と続けたのだが。
次から次へと、涙が目からこぼれ落ちる。月が明るい夜ならば、金色の雨のように見えるのかもしれない。
(――こんな涙、枯れちまえばいい)
フィレアの安息を奪うばかりで、一番大切な、フィレアがなによりその効果を切望した時に、役に立たない涙なぞ。
人間は不死鳥という種族を、神に祝福された種族だという。
焔のなかから生まれ、1000年の悠久の時を生きた後、再び焔の中で再生する美しい鳥。
その涙は万病を癒す力があり、その血液は人を不死に導くと言われた幻の種族。
そんな伝説を耳にする度、フィレアは嘲笑いたくなる。
フィレアに言わせれば、不死鳥は神に呪われた種族だ。
人間は勘違いしている。不死鳥は不死ではない。不死鳥は1000年の間、どんな苦痛を感じようが生きるのを嫌おうが、けして死ねないだけだ。
1000年間生を全うして不死鳥はようやく死ぬことができる。死の直前に、単性で子を宿して。
子は、焼け死ぬ親の腹から生まれてくるのだ。
親の温もりを知らず
単性故につがいを求めることもなく
稀少さ故に同朋と邂逅することもままならず
万病を癒す涙と、不死の効果があるとデマが出回る血液を狙う人間から逃げ回り
ただひたすら、気の遠くなるほど先にある死を待ち続ける。
それこそが、不死鳥に課された定めであり、呪いだ。
フィレアは250年間近くの年月を、そうやって生きてきた。
絶え間なく襲う孤独と、人間に襲われ傷つけられる苦痛。(不死鳥は再生能力は高いが、かといって肉体の損傷に痛みを感じないわけではない。)
ただひたすら堪え忍び、滅びの時が訪れることを祈りながら待ち続け、それでもまだ定められた生の四分の一。
絶望が故に発狂したくとも、うちに宿る全てを―精神の病すらも―癒す魔力が、それを許さない。
そんな時だった。フィレアがまだ10代だったジーフリートと出逢ったのは。
『私と契約しないかい?私は契約魔法の能力だけは高いから、君に逃げ場を作ってあげられるよ』
人間に襲われて両翼を切り取られ、再生能力も追い付かない状態で、それでも逃げのび、身を隠していたフィレアをたまたま見つけたジーフリートは、そう言った。
主従契約――それはこの世界に生きる万物の生き物が交わすことが出来る、魂の絆だ。
従なるものは、主なるものの命令に従う代償に、主なるものの持つ能力やものの恩恵を得ることが出来る。
契約魔法能力が高いものが主になる場合、その恩恵は『主従の間』と言われる、亜空間における安息の場であることが多い。
安心して束の間の睡眠に身を任せることも出来ぬフィレアにとって、確かにそれは魅力的な申し出であった。
だが
『――断る。人間なんぞと誰が契約するかよ』
欲深く、浅ましい人間。
そんなものと契約したら、際限なく涙も血も絞りとられるのが目に見えている。
たとえ従なるものが望み、主なるものが与えられる恩恵は必ず与えなければならないという決まりがあったとしても、信じられない。
なにより孤独で生きてきたフィレアにとって、契約により誰かに縛られ、傍に置かれるというのは恐怖だった。
頑なに契約を拒むフィレアに、若かりし頃のジーフリートは、優しげに笑って――
――特化した契約魔法能力をフル稼働させて、無理矢理主従契約を成立させた。
『私はね、他人を拒んで自分の殻にこもって膿んで、世界を呪っている君みたいなこを、ただひたすらに構い倒すのが好きなんだ』
そんなことを飄々とのたまいながら。
――嘴で目玉をえぐりだしてやろうかと思った。




