皇太子と不死鳥2
「娘だと…っ!?大叔父上は独身ではなかったのか!?いつの間にっ」
「話を最後まで聞きやがれ、腐れ太子」
掴みかからんばかりの皇太子の様子に、フィレアは冷たくいい放つ。
「娘っつっても、ジーフリートがその辺で拾ってきたガキだ。王位継承権なんかねぇよ。」
「……そうか」
あからさまに安堵の表情を見せる皇太子にフィレアは冷ややかな視線をむけるが、皇太子には気にならない。そんなことよりも、大叔父の血を引く娘がいないという事実の方が大切だった。
現在、王族の直系は皇太子ただ一人。
そこで大叔父の隠し子が露見したなら、争いの種になることは火を見るより明らかだ。
そうでなくとも、皇太子はその性質が故に、王宮において非常に不安定な立場にあるというのに。僅かな不穏の芽も皇太子には命取りになる。
「……しかし、ならなぜ大叔父上は俺にそんな遺言を…?」
皇太子は秀麗な眉をひそめた。
血縁ならまだしも、何故どこの馬の骨かもわからない女の面倒を自分がみると思うのか。
皇太子は別段ジーフリートと親しかったわけではない。なんせ皇太子が物心がついた頃には、既にジーフリートは城を出て隠者のような生活をしていた 。会ったことなど数えるほどしかなかった。
それでもなぜか皇太子はジーフリートにいたく気に入られ、若かりし頃に彼が使用していた隠し部屋まで譲ってもらったのだが、だからといって信頼され死後に大切なものを託されるような関係ではけしてない。そんなものをホイホイ引き受けるようなお人好しでもない。
そんな皇太子の考えを悟ったフィレアは、異種族故の表情の分かりづらさですら隠しようがない、はっきりとした嘲笑を浮かべた。
「てめえは受けるさ。ジーフリートの遺言を」
「………」
「なんせあのガキは、てめえが欲しくて欲しくてたまらねぇ、『魔力持ち』だからな」
ハッとしたように皇太子は顔をあげた。
そんな分かりやすい態度を示す皇太子を、フィレアは鼻で笑う。
「まさか、『招かれざる客人』か…っ!?大叔父上が保護してたのか」
「それはてめえで確かめればいい。だがあのガキが、ジーフリートを軽く超える魔力を持ってやがったことは確かだ。だからこそ…」
そういって噛み締めるようにフィレアは言葉を呑み込んだが、思わぬ僥幸にうかれる皇太子は気付かない。
ジーフリートはその性質はどうであれ、保持する魔力量そのものは、国内でも五指に入るほどである。それを凌駕する魔力を持つ娘。
それが「招かれざる客人」であろうが、あるまいが、皇太子が望む傀儡には十分過ぎるほどである。
「その娘はいまだ森にいるのか?」
「俺が知るかぎりはな。」
「わかった。すぐに人を…否、俺が自ら出向こう。ただ城を離れる前に片付けなければならないことがあるから、今すぐにとはいかないが…」
「勝手にしろ。俺には関係ねぇ。それじゃあ、確かに伝えたからな」
淡々とそう言い捨てて、城を去ろうとするフィレアを皇太子は訝しげに見やった。
「……その娘をちゃんと俺が保護するのか見届けなくてよいのか?」
「俺が頼まれたのは伝言だけだ。それが済めゃ、あんなクソガキ、どうなろうが知ったこっちゃねぇ」
「大叔父上が死んだんだろう。行く宛がないなら、俺に仕える気はないか?」
「冗談」
フィレアは振り向きもせずに言い放つと、その羽を広げた。
「――本当にてめぇらはよく似てるよ…自分のことばかりで、他人を自分の損得でしか捕らえられねぇ、その愚かさが。似合いの主従になるだろうよ」
一人言のようにそう皮肉ると、宙に溶けるかのようにフィレアは部屋から姿を消した。




