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異界山月記 ‐社会不適合女が異世界トリップして獣になりました‐   作者: 空飛ぶひよこ
第一章

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社会不適合女と熱

(熱い…熱い…)

 

 

 体の中を、何か熱いものが蠢いているような感覚が、葉菜を襲っている。

 内臓を焼きながら、何かが自分の中で暴れているような、食い破ろうとしているような、そんな感覚だ。

 

 

 異世界に来て熱をだしたのは初めてではない。

 ジーフリートのお世話になってから、もう三度めだろうか。

 原因不明の熱は、赤ん坊の知恵熱のように、何の前触れもなく葉菜に襲いかかる。

 

 

 最初は『異世界人に免疫がない、この世界特有のウィルスだったら』とひどく脅えていたが、いつも夜が明ける頃にはケロリと治っているから、流石にもう動じない。

 ただひたすら熱さに耐えながら、朝がくるか、眠りに落ちるかを待つ。

 

 

「………っあ……」

 

 

 荒い息に時々呻き声が混ざるのを、シーツを握りしめて耐えた。

 

『ハナ、大丈夫かい?薬を持ってきたよ』

 

 葉菜の異変に気が付いたジーフリートが、何か銀のポットのようなものを片手に部屋に入ってくる。

 こんな夜中に自分の体調不良に付き合わせて申し訳ない半面、ひどく嬉しい。

 もし熱をだしていたのが当初のサバイバルの時だったら、熱で死ななくても、孤独と恐怖で発狂してたかもしれない、とまで思う。

 それくらい、異世界で原因不明の体の異変に襲われるのは不安で心細い。

 

『ハナ。口を開けて』

 

 開いた口に、匙で掬った水薬のようなものが流しこまれる。

 

 しょっぱい。まるで塩水みたいだ。

 

 

 元の世界では甘い味のものが多かったから驚くが、変に人工的な甘さが混ざったものよりよほど飲みやすいと、すぐに飲み込む。

 

 

 途端に、体の熱がすっと引いて楽になった。

 

 

『ハナ。私の手を握ってごらん』

 

 

 差し出された手を、力が入らない手で握りしめた。

 シワだらけで、マメもあって固い、節くれだった、大きな手。

 働く人の手だ。

 ジーフリートの手だ。

 

 

『イメージするんだ』

 

『…イメージ……?』

 

『体の熱さを掌に集中させて、指先から私の手に流しこむ。そんなイメージをしてごらん』

 

 

 良くわからないが、目をつぶっていめイメージする。

 体の中の熱はなくなったわけではなく、沈静化され未だ葉菜の中で燻っている。

 その熱をジーフリートが握っている自分の手に集める想像をする。

 

 

「………あ……」

 

 握っていた手が、熱くなった。

 手だけが先程までの熱に襲われているような感じだ。

 

『いいよ。ハナ。それでいい。そのまま熱を私の手に押し出すイメージをして』

 

(押し出す…押し出す)

 

 

 液状になった熱が、管を通るかのように指の一本一本を通り、ジーフリートの中に流れ込む様を想像する。

 触れあった皮膚の毛孔から、熱はジーフリートに流れ込み、吸収される。

 

 

 ふわりと体が軽くなった。

 心地よい睡魔が、葉菜を包む。

 

 

『うん、良かった。成功だ。…眠いだろう?ゆっくりおやすみ』

 

 

 ジーフリートが頭を撫でてくれる感触を感じながら、葉菜は睡魔に身を任せた。

 

 

 

 

 

 

(良かった。成功した…)

 

 

 ジーフリートは穏やかに眠る葉菜の寝顔を眺めながら、小さく息を吐いた。

 葉菜から移動させた熱で、体は火照っているが、耐えられないものではないし、まもなく消え去るだろう。

 

『フィレア』

 

 扉の外にいるだろう。積年の友人に呼び掛ける。

 

『フィレア、ハナは大丈夫だよ。君のおかげだ。ありがとう』

 

 

 途端に飛び立つような音が聞こえてジーフリートは笑みを溢す。

 素直でない友人は、ジーフリートが何を言っても、自身がハナを心配していたことを認めないだろう。自覚すらしてないのかもしれない。

 そんな不器用な友人が、ジーフリートはとても好きだった。

 目の前で眠る、警戒心が強く、生きるのが下手な小さな「子ども」のことも。

 

 

「……穢れた盾か……」

 

 

 

 何も知らずに穏やかな眠りを享受している、「子ども」の髪を優しくすく。

 その特質が故に、様々な困難にみまわれるだろう彼女が、この先も同じように眠れる日が続くことを祈りながら。

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