社会不適合女と異世界のお勉強
今の長椅子で寛いでいるジーフリートを、上目遣いでじっと見つめる。
一日中ずっと働きっぱなしのジーフリートの憩いの時を邪魔するのは、流石に罪悪感がある。
しかしジーフリートは、そんな葉菜の様子にすぐに気がついてくれた。
『いいよ、ハナ。わからない単語があったんだろう。本を持っておいで』
どこまでもジェントルマンな男、ジーフリート。大人の男を通り越して、最早仏様だ。笑顔を浮かべる後ろに光が射して見える。
疲れはてると、すぐに顔が死んでローテンションになる葉菜には、けして出来ない真似である。
ジーフリートの好意に素直に甘えることにして、自分の部屋に走った葉菜は、ベッドの上に開かれた厚手の本を手に取る。葉菜が言語学習する為に読んでいる、4冊めの本だ。
最初は絵本、次は児童向けの短編小説、次が大人向けのショートショートと、ジーフリートがわざわざ葉菜の為にどこからか用意してくれた本を、順番に読めるようになって、ようやくジーフリートの棚にさしてあったその本を、勉強用にして貰うことがねだれた。
タイトルは『世界』
この世界の地理書であり、葉菜にとっては異世界を知ることができる最初の教科書である。
異世界人であることが、どんな反応をもたらすか分からなかった葉菜は、うかつにジーフリートにこの世界のことを聞き出せず、この本を読むまでろくに世界観も把握出来ていなかったのだ。
『じぃ、これ。わからない、ある、ここ』
『あぁ、これは「神殿」だな。神様を奉る建物のことだよ。』
『これは?何?』
『「聖女」……特別な祈りの力を持った、敬うべき女性のことだ』
『……「敬う」?』
『「敬う」がわからないか…神の代理人の女性のことだよ』
『(「敬う」……「レスペキ」…「respek」…いや、「respec」、「respect」!!敬う!!敬うはレスペキか!!)分かった!!ありがとう』
この世界の文字は、葉菜にとって至極幸いなことに、アルファベットと類似していた。単語そのものも英語に近く、英語が大得意と言わなくても、大学の選択授業も含めて9年間英語を学習した身としては、修得は可能だ。
発音はローマ字読み…しいて言うなら、少しだけかじったことがある、スペイン語の読み方に近い。
奇跡である。
同じ元の世界の言葉でも、アラビア語やヒンドゥー語に近かったら、恐らく未だボディーランゲージだった。
その代わり、文法は滅茶苦茶複雑なのだが、海外旅行などの異文化コミュニケーションの経験上、言葉なんて単語が分かれば何とかなると思っていたし、事実何とかなっている。
話すのは拙いが、話していることを聞き取ったり、文章を読んだりは、異世界歴四ヶ月にしては、なかなかのものだと自負している。
あまりジーフリートの時間を潰させるのも悪いので、頻出する単語だけジーフリートに聞いて、本に意識を戻す。
日本人は100%理解しようとするから英語が苦手なのだと聞いたことがある。
分かる単語を拾いながら、何となくでも、読んでいくことが大事なのだ。異世界の言葉も同じだ。
間違って理解していても、読み進めれば違和感に気付く。そこから推測して、それでもわからなければジーフリートに聞けば良い。
まあ、葉菜は思考回路がずれているため、時々ぶっ飛んだ解釈を自然に思っていることもあるのだが、置いておく。
葉菜は本を読み進めながら、異世界から持ってきた手帳に、分かったことを汚い字(当然日本語である。だが、日本人でも読めないかもしれない)で整理していく。
この世界は、大小様々な大陸からなっており、葉菜がいる大陸は3国で構成されたファルス大陸という場所である。
気候は一年を通じて温暖で湿潤。本から受ける印象だと、沖縄に近そうだ。
大陸にある三国の名前は
「プラゴド」
「グレアマギ」
「ナトア」
そして葉菜がいるのは、三国すべてが不干渉としている「ネウトの森」らしい。
(プラゴドが、「祈りの力」?……ああ、神殿だの聖女だのでてるしな…とにかく「祈りの力」を重視して、グレアマギが…「内なる力」?なんじゃそれ……まあ、それを重視して、…ナトアが「自然の力」を重視する……よう分からんが価値観がそれぞれ違ってて仲悪いってことだな)
詳しくはまたジーフリートに聞いてみよう、そう思って黙々と本を読み進めていく。
その晩、葉菜は熱をだした。
頭を使い過ぎたのかもしれない。




