社会不適合女の居候生活
研がれて良く切れる包丁。
擦ればすぐつくマッチ。
竈。
鉄でできたフライパンや鍋。
色んな種類の食べられるとわかる食材。
水を保存できる水釜。
――ああ、文明は素晴らしい。
葉菜が24年間生きていた世界に較べる と、かなり不便な暮らしだが、あのサバイバル生活に比べると天国だ。
雨風を凌ぐ暖かい家があるし、夜は獣に脅えることがなく、寝心地は多少悪いがベッドで眠れる。
(私はなんて運が良いんだろう)
葉菜は自身の幸福を噛み締めながら、水色のズッキーニ擬きと、なすの形をしたトマト擬きを角切りにした。生来の不器用さ故、ズッキーニ擬きは形が統一されず、トマト擬きは潰れているが、まあ気にしない。
にんにくの香りがするゴマを、油を敷いた鍋で炒めて香りを出すと、先にこれまた下手くそなみじん切りされた玉ねぎ擬き(形は大根に似ていた)ぶつ切りにした自家製ソーセージを加える。自家製とは言うが残念ながら葉菜の自家製ではないが、まあそれは良い。
本当は先に玉ねぎ擬きを炒めた方が良いのかもしれないが、どうせ煮るのだから気にしない。それに元の世界の料理の法則がこの世界でも共通とは限らない。
言い訳じみたことを考えながら、先程の野菜も加えると、焼き網の端にフライパンを置いて遠火にする。ようは面倒臭いのだ。
それにこの先にさらに面倒な工程がまっている。
葉菜は一瞬嫌そうな表情を浮かべるものの意を決したように、空の大鍋を床に置く。目が粗い布で覆ったざるをその上に重ねた。
フライパンが置いてある竈より一段低い場所に昨日から火を絶やさないようにして大鍋が煮てある。中に入っているのは何かの骨と何種類かの香草。何の骨なのかはおおいに気になるところだが、味は良いので気にしないでおこう。爬虫類までなら覚悟は出来ている。
手にミトンをはめて重い大鍋を抱える。一度ひっくり返してやけどはするわ、床の掃除は大変だわ、とえらいめにあったため、動きは慎重である。
必死に汗をかきながら、ざるが動かないように注意してスープを中身を濾す。
なんとか無事に移すことができた。多少床に溢れているが、まあご愛敬だろう。
骨はまだ出汁がでるため、乾燥させるため空の大鍋の上にざるごと置いて外に出す。けして洗い物を後回しにしたくてではない。汁を床に垂らさないためだ。脂がついた大鍋を洗うのは泣きそうなくらい面倒臭いが、違う。
スープが入った大鍋を竈に戻すと安堵のため息を吐く。これで数日は大変な出汁とりをしなくて済む。固形スープや粉末出汁を考えた人は偉大だ。是非異世界にトリップしてほしい。工場ごと。
先程炒めていた鍋にスープを注ぎ、煮込む。とても良い香りだ。だが、大事なものを忘れてはいけない。
塩だ。
元の世界とは色が異なりピンク色の塩を見るたび、葉菜はじんわりと込み上げてくるものがある。よくぞいてくれた、と抱きしめたい衝動に駆られる。それほどまでに、あの死にかけ体験はトラウマだった。
小さくため息を吐きながら、大事に大事に加える。元の世界の時のようにバサバサ適当に入れたりなんぞしない。お塩様である。
さて感傷はさておき。あまり時間がない。網の端にすでに切ってあるパンを置いてさっと炙る。
フライパンに油をしいて、なんかの鳥の卵を割り入れる。緑色の黄身(緑身というのが正しいのだろうか)にもすでに慣れた。
目玉焼きにトースト、野菜スープ。理想の朝食である。自分の分の目玉焼きは泣いてしまったが、まあよい。
テーブルに並べると、慌てて居間から出る。廊下にでると、すでに目を覚ましてしまった家主と鉢合わせした。
『じぃ、ごはん、できた!!』
葉菜はただでさえ滑舌が良くない言葉を一層舌足らずにして、片言の異世界の言葉で告げると、満面の笑みを浮かべた。
自分が年齢よりも、かなり幼く見えるように意識しながら。




