漆黒の皇太子
ある王宮の、城内のものにさえ存在を秘された巧妙に隠された小部屋の中。
一人の男が、文を片手にただずんでいた。
まるで精巧に作られた人形のような、怖いまでに冷たく整った顔立ち。
大柄でこそないものの、手足が長く、バランスよく引き締まった体。
高く結い上げた長い髪と、今は手元の文に視線をやって伏せられた瞳は闇をそのまま溶かし混んだような、混じりけのない漆黒だ。
男は美しかった。
だが文を読み進めるにつれて、美しいその顔は不機嫌そうに歪んでいく。
「プラゴドに『招かれざる客人』が来なかっただと…」
男は憤怒を湛えながら、他国に派遣させた密偵からの文を握り潰した。
宗教国家、聖プラゴド王国。
一神教シュフリスカを信仰し、癒しと守りの力である神力こそ至高と考えるその国は、100年に一度大災害に見舞われる。
邪鬼の大量発生
普段は王国の最高権力者である聖女によって侵入さえ阻まれている邪鬼の力が活発化し、数を膨大させる。
堅固に邪鬼をはじめとした『邪悪なもの』を一切拒む聖女の結界も、一度に大量の邪鬼の攻撃にあえば綻びが出てくる。
邪鬼は一匹でも災厄だ。疫病をもたらし、大地を枯らす。
それでも、邪鬼の存在を受け入れ、対策を取りながらもその災害を定期的に体験していた他国の大地や人々は、ある程度の耐性がついているため、邪鬼の発生はさほど脅威にはならない。
だが、邪悪なものを拒み僅かな接触すら忌避した『無垢』で『清らかな』プラゴド王国の大地や人々には少数の邪鬼の侵入でもひとたまりもない。瞬く間に疫病は蔓延するし、大地は植物1つ残らない。
プラゴド王国の聖職者は守りの力は甚大だが、邪悪なものを滅する力はないため、一度侵入を許してしまった邪鬼は退治出来ない。
いや。ないことになっていると言った方が良いのかも知れない。
男は、聖職者たちが邪悪なものと対峙して、自分たちが『汚される』のが嫌なだけではないかと踏んでいる。
それほどまでにプラゴド王国は、とくに権力をもつものほど『穢れ』をいとう。
プラゴド王国は邪鬼に耐えうる強靭な肉体と精神力をもち、同時に莫大な神力を持った『神子』と呼ばれる異世界人を召喚する。
つまり、自分たちが逃げていた結果深刻になってしまった事態を異世界人に丸投げするわけである。
聖職者が聞いて呆れる。
だが、男にはどうでもよいことだ。
プラゴド周辺でどれだけの数の邪鬼が発生しても、森に阻まれた男の国にはなんの影響もない。
森はプラゴド王国の民のみがそう主張する豪奢な神殿とは異なり、真の意味で侵すことの出来ない「神域」だ。
穢れをもたらす邪鬼は侵入を許されておらず、森に入ったとたんに消滅してしまう。
プラゴドは森に囲まれた国だ。100年に一度の大災害の影響は、ほとんどプラゴドのみにとどまる。
逆にいえば、邪鬼はプラゴドと森の僅かな境界で発生しているということだ。
邪鬼の大量発生の原因は分かっていないが、神が与えてくれた自然の守りである森だけで満足せず、徹底的に邪悪なものを排除しようと神力による結界に頼るその姿勢が、歪みを生んでいるのではないかと、他国では一般的に言われている。
影響がない以上、プラゴドはどうでもいい。
哀れな異世界の犠牲者も、男には興味がない。
男にとって興味があるのは、異世界の人間が召喚される時に共に現れると言われている、「オマケ」である。
ようやく他キャラ出せました。




