番外編【葉菜の出産】2
葉菜は全身が沸騰するのを感じた。
頭の中に、幼い頃に夢中でやった携帯型ゲームの言葉が浮かぶ。
【こうかは、ばつぐんだ】
このツン比率が高すぎる夫は、たまにデレると破壊力が凄まじいのだ。
何年経っても、いや何年もツン状態が平常運転な状態を体験しているからこそ、葉菜の心臓はギャップで破裂しそうになる。
何だか、完全にザクスに調教されている気分だ。
「ハナ?どうした?産後で気分が悪いのか?」
心配げに顔を除きこまれ、葉菜はさらに赤くなる。
本当は、ザクスに会ったら自慢してやるつもりだった。
自分がどれだけの苦痛に耐えたのか切々と語って、男には分からないだろうと、こんな偉業を成した自分を誉めろ称えろと、そう胸を張ってやるつもりだった。
なのに、口からは「あうあう」という意味を成さない言葉しかでず、まともにザクスと視線を合わせることも出来ない。
「……ハナ?」
息がかかる程近くで呼ばれた名に、葉菜は意を決したように顔をあげ…
「――なにイチャついてやがる、アホ夫婦」
いつの間にか入り口に立っていたフィレアの呆れたような声に、我に返った。
「…イチャついてなぞ、いない。こいつが気分が悪そうだったから」
「かー、ウゼェ。そういう無意識なイチャつきが一番ウゼェ」
ザクスの言葉に、吐き捨てるかのように言い捨てて、フィレアは葉菜の方へ近付いてきた。
ほっとしたような、つまらないような。
複雑な気分である。
「ほらよ」
フィレアは寝ている葉菜に何かを放り投げる。
両手でキャッチしたそれは、液体が入った小瓶。それが何かなぞ聞くまでもない。フィレアの涙だ。
「産後で気分悪ぃ時に飲め。ストック分じゃ足りねぇだろう」
「…ありがとう。フィレア」
産後の自分の体調を心配してくれたことが嬉しくて笑みを浮かべて御礼を告げると、フィレアは憮然とした表情でそっぽを向く。
相変わらず、分かりやすいツンデレだ。このツンデレはこのツンデレでまた、何年経ってもいとおしい。
「――しかし、これが生まれたての人間のガキか。まともに見るのは初めて…」
照れ隠しで話を逸らすように、傍らの赤子に視線をやったフィレアの言葉が途中で詰まった。
「あ、フィレア、駄目」
葉菜が止める間もなく、フィレアは眠る赤子を抱き上げる。
だが、その手つきはまるでガラス細工でも持ち上げるように繊細で優しいものだった為、赤子が目を醒ます気配はない。
先刻の大惨事の再来にならなかったことに、葉菜は安堵の息を吐く。
フィレアは、腕の中の赤子を凝視する。
まるで奇跡でも見るかのように、目を見開いて。
唇を、抱き上げる手を、震わせて。
やがてその橙色の瞳から、涙を溢れさせた。
鳥の姿でフィレアが流す涙は金色で、小瓶に貯めれば透明に変わる。葉菜はその様を何度も見たことがある。
だけど、人形のフィレアが流す涙は、最初から透明なのだと、葉菜はその時、初めて知った。
「――ジーフリートっ!!……」
フィレアは今は亡き、魂の盟約を結んだ主の名を呼びながら、腕の中の赤子を抱え込んだ。




