番外編【葉菜の出産】1
※葉菜の語学は上達して、カタコトでなくなっています。
男の一番最初の恋人は、母親だという。
母親となる女なら、一度は願ってしまうのではないか。
せめて息子が幼いうちくらい、息子の「最愛」でいたいと。
甘い、ラブラブな日々を過ごしたいと、そう思ってしまうのではないか。
旦那が、滅多に愛を囁いてくれない、ツンデレ朴念人タイプならば、尚更。
「聖獣様…おめでとうございます!!立派な皇太子様です!!」
(――やっぱり、小さい頃くらいはマザコンでいてほしーよね…)
葉菜は、まるで鼻の穴からスイカをだすような苦痛(元の世界でよく使われていた言葉だが正直結構たかをくくっていた。まさかこんなに辛いとは)が、ようやく終わりを向かえたとき、最後の気力でリテマが胸に置いてくれた息子を抱き締め、そんなアホなことを考えながら、意識を失った。
斎藤葉菜。年齢秘密。
この度、母親になりました。
(…いやあ、もうここには何もいないんだなぁ)
目を醒ました葉菜は、自身の腹部を撫でながら、感慨深けに隣のベビーベッドで眠る赤ちゃんを眺めた。
先程まで自分のお腹にいたはずの子どもがら生きて隣に眠っている。
なんとも不思議な気分だ。
ザクスと魂の盟約をむすんでから、早数年。
正体もばれ、獣の姿と人間の姿、交互に過ごしているうちに、いつの間にか正妃になっていた。
色々あって、そう、簡単に語れない紆余曲折が色々あったのだが、今葉菜は、「白虎姫」などいう恥ずかしい渾名を広められ、聖獣兼妻としてザクスを隣で支えている。民衆の間で語られる葉菜に纏わる噂が、現実とのギャップに憤死しそうだが、ザクスとしては都合が良い噂らしいので聞かないふりをしている。
魔力袋を持たな異世界人と現地人。
体の構造自体違うのに子どもなんか出来るのか…と思ったが、過去の先例同様に、ちゃんと子どもが出来た。
魔力袋は、この世界に生まれる赤子ならば、親が異世界人だろうと、きちんと形成されるらしい。
フィレアに胎内の魔力の流れを見て貰った際に、胎児がいる辺りにちゃんと魔力袋の形状の魔力の集中がみえ、その魔力量も十分であることを聞いた時、心底安堵した。
魔力に関しては、葉菜に似ても、ザクスに似ても、どうしても苦痛を背負わせてしまう。出来る限り、隔世遺伝を、と願ってしまったのは当然の親心だろう。
傍らの息子を眺める。
生まれたての為、顔は未だしわくちゃであるが、親馬鹿目線を差し引いても、愛らしい赤子であると思う。
髪は黒髪で、目も同様だった。葉菜もザクスも黒髪黒目の為、どちらの血によるものとも言えない。
顔はまだ、葉菜に似たのかザクスに似たのか分からない。どちらにも似ているように見えるし、どちらにも似ていないように見える。
ザクス似たら絶世の美形だか、その点はまあどちらでもいい。葉菜とて顔立ちはまぁまぁ整っているのだ。だいたい子どもが、自分に全く似ないというのも淋しい。
(――だが、中身は私に似てくれるな…っ!!)
皇太子で、王位継承者で、葉菜の中身だったらあまりに悲惨過ぎる。
堂々と自負するのもあれだが、葉菜は自分の駄目さが、「女」だから許されていた部分もあると思っている。そして異世界特典として与えられた、量だけは多い魔力も、葉菜が生きる手助けをしてくれた。
だけど、息子にはそれがない。そして背負うものはあまりに重い。王宮で駄目っぷりを晒して苦しむ未来を思うと、それだけで泣きそうになる。反乱も起きかねない。
(……その時はこの子を虎に変えて、親子虎として森で二人生きていこう)
大丈夫。自分と息子二人が消えても、ザクスなら何とか新しい後継者を見つけて、国を盛りたててくれる。
たまに顔を出しにいけば、きっと許してくれるはず。
「ハナっ!!」
そんな縁起でもない未来を葉菜が夢想している時、想像上の未来では妻と息子に去られている可哀想な夫、ザクスが部屋に駆け込んできた。
「皇太子だと、聞いた…!!どこに…!?」
「……あぁ、うん。私の隣にいるよ」
ろくでもない想像をしていただけに、少々気まずい。
だがそんな葉菜の内心など知らないザクスは、駈け足で息子へと駆け寄っていく。
「これが、俺の息子…」
眠る赤子を眺めながら、ザクスは感極まったように呟く。
冷静沈着なザクスには珍しく、明らかさまに喜びが滲みでており、そんなザクスにちょっとときめく。
「あ、駄目。だっこすると、起こしちゃうから。ようやく寝たところだから」
息子を抱き上げようとしたザクスを葉菜は慌てて止める。
実は葉菜も目を醒ますなり、眠っている息子を抱き締めて大泣きさせてしまったのだ。
あやしても泣き止まぬ息子に、途方にくれて葉菜までベソをかいていたところを、駆けつけたリテマが何とか寝かせつけてくれたのだ。
葉菜の手つきがあやしかったのが原因たが、力加減が下手くそな(未だシャンプーの腕が下手くそで、そのくせ定期的にやりたがっては獣状態の葉菜を泣かすのだ)絶対ザクスも二の舞を踏む。断言してもいい。
「……そうか」
ザクスは少し不満げな様子で手を引っ込めると、指先でそっと眠る息子の頬を撫でる。
その仕草は、どこまでも慈愛に満ちていた。
葉菜もベッドから身を乗り出して、息子の顔を除き混む。
「…どこもかしこも、小さいな」
「…うん、小さいね」
「…これが、俺とお前の子どもか」
「…可愛いね」
「………あぁ。いとおしい」
ザクスはそう言って、ハッとするほど優しい笑みを浮かべて、その黒曜石の瞳を葉菜に向けた。
「…よく、やった、ハナ」
ザクスは、そう言って葉菜の手を強く握った。
「俺の子を生んでくれて、ありがとう」




