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異界山月記 ‐社会不適合女が異世界トリップして獣になりました‐   作者: 空飛ぶひよこ
終章

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神に愛された王

※本日二回目の投稿です。

 

 それはまるで、神話の一片をみているような光景だった。


「――奇跡だ」


 戴冠式の最中、襲撃にあった枯渇人の皇太子。

 彼は階下からでも分かる勇猛さで果敢に複数の敵に挑み、襲撃者達の全てを殲滅したが、自らもまた傷を負って倒れてしまった。



 誰もが彼の死を確信した時、天から火を纏う白虎に股がる麗人が現れ、瀕死の皇太子の元へ駆けた。

 麗人は伝説のような存在とされている不死鳥に姿を変え、その涙で皇太子の傷を癒やした。



 息を吹き返した皇太子。

 2つの契約の光りが、バルコニーを包んだ。


 天から現れた不死鳥と、白虎。


 皇太子は、天から現れた神獣を配下として従えたのだ。



 枯渇人の皇太子が、新王になることに内心不満を抱えているものは少なくなかった。

 グレアマギは、魔力の国。

 いくら魔剣イブムを従える英雄であろうと、一般人よりも魔力が少ない彼が国の頂点に立つことは、やはりグレアマギの国民にとっては不満だった。

 だがそんな不満も、目の前で起こった奇跡を前に吹き飛んだ。


(皇太子は、神から愛された存在だったのだ)


 きっと、枯渇人に生まれたことですら、神から与えられた試練の一つだったのだ。

 そして皇太子はその試練を乗り越え、その結果神の加護を得た。


 神から愛された国王。


 彼程グレアマギを統べる王に、相応しい存在はいない。



 誰かが発した新王を讃える声は瞬く間に広がり、やがて喝采へと変わっていった。



 グレアマギ帝国第44代国王、ザクス・エルド・グレアムが、国民から新王として承認された瞬間だった。











「――疲れだ~」


 全ての儀礼を終えたザクスと葉菜は、疲労困憊に様子で後宮のベッドに身を投げ出した。


 あの後、色々大変だった。


 儀礼はまだ色々残っているのに、【神から愛された新王】の顔を少しでも近くでみようと、言葉を掛けてもらいたいと、国民がこぞってザクスの元に集まってきた。

 当然、伝説の片棒を担がされる結果となったフィレアや、葉菜も矢面に立たされる。

 国民の興奮を鎮静するのまで、威厳をもった態度を保ち続けなければならないのが一番大変だった。


(しかし、ずいぶん誇大解釈されるもんだな)


 いつのまにか神獣扱いだ。

 ネトリウスが葉菜を神のように据えようとしていたが、そんなことをしなくても勝手に神格化されてしまった。

 実際葉菜は、ただの異世界からやってきた魔力が高いだけの人間に過ぎないというのに。

 一つの事実が婉曲され、華美に装飾されて語られる。

 伝説とは結局そんなものなのかもしれない。


「…明日からもまた色々あるだろうが、今日はゆっくり休め。」


 当然のように、隣に寝転ぶザクスから伝わって来る熱が嬉しい。

 ここのところ一人寝続きだったから、猶更だ。


 ザクスが生きて隣にいることを実感できる。



 全てが丸く解決したわけではない。


 儀礼後、ザクスはすぐさまネトリウスの屋敷に、新王に対する反逆罪として兵を差し向けたが、屋敷は既に蛻の殻だった。

 目立つように置いてあったのは、葉菜にあてた置手紙。


 書かれていた言葉はただ一言。『必ず、また』



 王宮で初めて邂逅した時に、ネトリウスが葉菜に告げた言葉だ。

 またなんか無いと思いたいところだが、まず間違いなくネトリウスはいつか葉菜に接触してくるだろう。

 あの変態は、絶対執念深い。


(まあ、とりあえず考えるのはやめておこう…)


 葉菜は嫌な予感を振り払うように、隣に寝ていたザクスの胸の当たりに、鼻を押し付けた。



 ここに、獣がいる。



 フィレアが儀礼後、言っていた。

 ザクスの魔力袋は完治したわけではない。定期的にフィレアの涙を摂取したとしても、破けた穴が塞がるまでにはかなりの時間が必要だろうと。

 破れた穴をふさぐように、眠った小さな虎の形をした魔力がザクスの体内に宿っているらしい。


(――【ハク】)


 葉菜は、獣に名づけた名前を内心で呼ぶ。

 白虎だから、「ハク」という名は安直かもしれない。

 だが、葉菜がつけた名なら、きっと獣は喜んで受け取ってくれるはずだ。

 獣は、消えたわけではない。

 ザクスの中で、魔力に変じて眠っているだけだ。


 ザクスの魔力袋が完全に癒えた時、獣はきっと目を覚ます。

 きっとまた、言葉を交わせる。

 その時には、必ずその名を呼んであげようと思う。




「今日は、よく、やった。…礼を、言う」


 慣れない口調で礼を口にしながら、葉菜の頭を撫でるザクスに、思わず笑みが漏れた。


 愛しいという気持ちが、どうしようもなく広がる。


(――しかし、私が母性愛なんかに目覚めるとはなぁ)


 子供が出来たらもしかしたら、自分も献身的愛を注げるようになるかもと思っていた時期があったが、まさかザクスに対してそんな感情を抱くようになるとは思っていなかった。

 そんな感情を抱けたことが誇らしくて、少し照れくさい。



 恋愛経験が乏しい葉菜は、芽生えた愛情が、母性によるものだと信じて疑わない。

 否、もしかしたら別の種類の愛情かとちらりと思わなくもないのだが、敢えて考えないようにしている。


 もし葉菜の愛情が恋愛のそれなら、年齢だとか人間と獣だとか身分だとか、思い悩まないといけない要素が多すぎる。



 今はまだ、そんな自身の感情を明確に名づける必要はない。

 葉菜がザクスを愛しているのは確かだし、これから葉菜はずっとザクスの傍にいるのだ。

 思い悩むのは、いつかザクスに葉菜以外の大切な相手が出来てからでもいい。


 今はただ、生きたザクス傍にいられる歓びだけに、浸っていたい。



 葉菜はザクスの温もりを感じながら瞼を閉じ、そのまま眠りについていった。

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