ザクスと獣
(――寒いな)
ザクスは、定期的に見る、いつもの夢の中にいた。
向けられる蔑視の視線に、現れてはザクスを罵っては消える、見覚えがある人々。
もう、とっくにこんな夢は慣れきっていた。傷付きなど今更しない。
例えこの悪夢から、もう二度と醒めないことを分かっていても。
(まさかあの程度の襲撃で、やられるとはな)
ザクスは小さく自嘲の笑みを浮かべる。
完全に想定内だった、ゴードチスの襲撃。
ザクスは勝利を確信はして、先の戦のようにイブムを奮った。
敵を殲滅させるのは、そう難しいことではなかった。実際、襲撃者達の中で、地面に伏してないものはいなかったように思う。
それなのに何故、自分は魔力の枯渇で倒れたのか。
全く理解出来ない。
(伝説の魔剣イブムを、俺みたいな枯渇人なんぞが従えること自体、土台無理な話だったのか)
つまりは、そういうことなのだろう。
大声で笑いだしたい気分だった。
こんな無能な自分が、よくも王になるという野望なぞ抱けたものだ。
野望を目前に、醜態を晒して散る。
惨めな自分には、似合いの最期だと思った。
野望の為に、全てを捨てるつもりだった。
沸き上がりかけた情も、不要なものだとして切り捨てた。
その結果が、これだ。
何も持たず、全てを無くして、ただ一人、孤独に逝く。
これが、自分の末路かと考えると、いかに自分がろくでもない生を送ってきたか実感する。
ザクスは胸の奥から沸き上がる凍えに、胸を震わせた。
まるで、胸の奥から凍り付いているかのようだ。
凍えは、徐々に全身に広がっていくように感じる。
(このまま脳にまで凍えが広がれば、もう何も考えなくて良いのだろうか)
惨めさも、悔しさも、胸を締め付けるどうしようもない息苦しさも、全て感じなくなるのだろうか。
もう、それも悪くはないのかも知れない。
もう何も、考えたくなかった。
ザクスは何もないその空間に横たわり、目を閉じた。
きっとこのまま眠りにつけば、全てが終わる。
自身が消え去る最後の瞬間を、そうやって待つつもりだった。
不意に、 覚えがある熱と重みを感じ、ザクスは目を開いた。
「――猫?」
目を開いた先にいたのは、横たわる自身をのし掛かりながら、見下ろす白虎。
自身が切り捨てたはずの獣が、黙ってザクスを見つめていた。
(………違うな)
なぜか、すぐに分かった。
同じ姿をしているが、この獣はザクスの良く知る獣ではない。
別の獣だ。
ザクスの腹部の辺りに前足を乗せていた獣は、憮然とした態度で鼻を鳴らすと
「――オマエナンカ、嫌イダ」
「っぐっ!!」
全体重をザクスの腹部に乗せてきた。
ザクスはその圧迫感に、思わず身をのけぞらせて声をあげる。
「ハナ、イジメタ。ハナ、泣カセタ。嫌イダ。嫌イ。嫌イ。オマエナンカ嫌イ」
獣はザクスを責め立てながら、リズムカルに腹部を圧迫してくる。
ザクスは獣の前足が腹部にめり込む度、呻く。
ここはザクスの夢の中のはずだ。
なのに、かくもリアルに苦痛を感じるのは、どうしてだろうか。
「オ前ナンカ、大嫌イダ……ダケド、助ケテヤル」
不意に獣が、前足を腹部からどけた。
「……え?」
獣が言った言葉が、すぐに理解出来なかった。
「オマエナンカ嫌イダケド、ハナ、望ンダカラ、助ケテヤル」
「何を…」
獣に視線をやって、ザクスは息を飲んだ。
獣の体は輝きだし、端から細かい光の粒子に変わっていた。
「――生キロ。ハナノ為ニ」
次の瞬間、ザクスは光に包まれていた。
獣から変じた光の粒子が膨れ上がり、まるでスコールのように勢いよくザクスに降りかかる。
光りの海に溺れる、そんな錯覚に襲われてザクスは手足を揺らしてもがく。
もがいているうちに気がつくと、夢から醒めていた。
「……猫…?………」
目を開いた先には、今度こそザクスがよく知る獣が、黙ってザクスを見つめていた。




