葉菜と獣2
「ハナ、頭ナデテ」
「ほいほい」
「今度、アゴノ下」
「ほれ。よーしよしよし」
葉菜は、自身の精神世界で、獣と戯れていた。
(――いや、こんなことをしている場合ではないんだが)
しかし手を止めると、獣がもっとと円らな瞳を向けてせがんでくるので、ついつい構ってしまう。
葉菜に首もとを撫でられ、ゴロゴロと喉を鳴らして目を細める獣は、実に愛らしい。
だが、時おり口元から見え隠れする鋭い牙に、どうも本能的恐怖を感じる。
(ヘタレよ…ごめんよ。ヘタレ何ぞと言って)
葉菜は心の底で、何か月経っても葉菜に怯えていたヘタレ料理人(残念なことに、名前は覚えていない)に謝罪する。
自分では可愛い子猫でもあるかのようなつもりでいたが、実際虎を目の前にすると、どんなに大人しかろうが可愛かろうが、怖い。
寧ろ、葉菜の存在に慣れた、リテマやウイフを尊敬する。
(……しかし、ザクスは今頃どうなっているのだろうか…)
呑気に獣と戯れているが、やはり内心はザクスのことが気になって仕方がない。
精神世界ではこんな状態でも、葉菜の肉体は今も尚ザクスに魔力を注ぎ続けているだろうとは思うし、状況を知ったところでどうにもならないのだが、やはり気になるものは気になる。
「ハナ…ザクス気ニナルノ?」
どこか心ここにあらずな葉菜の態度を察したのか、獣はジッと葉菜の顔を覗き込みながら、尋ねてきた。
「…そりゃあ、気になるよ」
「ハナ、ザクス好キ?大切?」
獣の言葉は、子供の疑問のように、直球で、遠慮が無い。
「好きだし、大切だよ。命を掛けていいと思うくらいに」
だからこそ、葉菜は直球で獣の言葉に応える。
素直な自分の感情を、ありのままに伝える。
ザクスが、好きで、大切だ。
それは最早、葉菜にとって、揺るぎない事実だった。
「ソッカ…」
獣は少し俯いて考えこんだ後、ゆっくりとその尻尾を左右に揺らしながら、再び顔をあげて葉菜を見た。
「――ソレナラバ、ザクス、助ケテアゲル」
「え?」
「魔力カラ、生レテ来タ。ダカラ、魔力、戻ル、簡単。自分ナラ、袋破レテテモ、意志デ、ザクスノ中ニ、トドマレル」
獣の言わんとすることが、葉菜にはすぐに理解できなかった。
固まる葉菜に、獣は人間の眼でもはっきりとそれと分かる、笑みを浮かべて見せた。
「ザクスの魔力、ナッタゲル。袋破レテテモ、出テイカナイ」
「…っ!?」
獣の言葉を理解した途端、葉菜は息を飲んだ。
「…何で?」
「ハナ、ザクス大事、言ッタカラ」
「だからっ、何で!?」
葉菜は語気を強くして、獣を見据えた。
獣は、自身の人格を消失させてでも、葉菜の代わりにザクスの魔力になると、そう言ったのだ。
「何で私の為に、そこまでしてくれるの!?」
葉菜は、獣に何か特別なことをしたわけではない。
寧ろ、自分のことに精いっぱいの余り、獣の存在自体忘れていることなんかしょっちゅうだったのに。
どうして獣はここまで葉菜に尽くしてくれるのか、全く分からない。
自分の消失まで、厭わないほどに、慕ってもらえる要素なぞ葉菜は持っていない。
「――ダッテ、ハナ、望ンダカラ」
獣は唖然とする葉菜の頬に湿って鼻先を擦り付けながら、そう口にした。
「ハナ、望ンダ。ダカラ、生レテ来タ。ハナノ、絶対的【庇護者】トシテ」
「【庇護者】?」
葉菜の言葉に、獣は一つ頷いた。
「無条件デ、全テ、愛シテクレル存在。ハナ、守ッテ、危機ヲ助ケテクレル、強イ誰カ。アノ時、ハナ、望ンダ。醜イ自分、絶望シナガラ、同時ニ求メタ。自分ノ全テ、許シテクレル、庇護者。」
そう言いながら、獣は葉菜に寄りかかるように上体を預けて目を細めた。
「ハナノ為ダケニ、生マレタンダヨ」




