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異界山月記 ‐社会不適合女が異世界トリップして獣になりました‐   作者: 空飛ぶひよこ
終章

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葉菜の愛

「人間誰しも自分が一番大切なのよ。血が繋がってもいない他人を、命をかけて愛せるわけがない」


 いつか母が言った台詞。

 どんな状況で母がその言葉を口にしたかも覚えていないが、その言葉は消えない棘として葉菜の胸に突き刺さっている。



 葉菜は心中に、マザーコンプレックスと、ファザーコンプレックスを抱えている。

 母親には愛の方に比重が多い愛憎を、父親には憎の方に比重が多い愛憎を抱いているが、それでもどちらもコンプレックスなことは変わりがない。


 自己中心的でだらしがなく、なまけもの。

 そんな葉菜の悪癖は、父親譲りだった。

 母親はそんな父親の性質を嫌い、嫌悪を露にした。


 母親は葉菜を愛している。それは間違いない。十分な愛情を注いで、育てて貰った。感謝している。

 けれども、母親が葉菜の悪癖を父親譲りだと口にしながらも、父親を罵る言葉を聴くたび、葉菜は母親から自分まで嫌われているような気分になった。

 葉菜は、自分をそんな気持ちにされる要因である父親を憎んだ。

 家庭に居場所が無く、淋しげな姿は自分の将来を見せつけられているようで、極力父親を視界に入れないようにした。

 血が繋がっているから、娘だから、こんな自分でも母は愛してくれる。

 だけど、赤の他人なら?

 母が父を嫌悪するように、血も繋がっていない自分を愛してくれる人間なぞいないのではないか。


 葉菜は、現実から逃避するように、少女向けのファンタジー小説にのめり込んだ。

 現在社会を舞台にしたものは、現実の自分の差を見せつけられるようで嫌だった。

 ファンタジーなら、その点を完全にフィクションだからと割り切れる。

 そんな中、葉菜はある一つの小説に出会った。女性主人公がたくさんの人たちから愛されることを主軸にするのではなく、主人公がヒーローを深く愛し、守ろうとする姿を描いた話。

 命を掛けてヒーローを愛すその姿は、葉菜にとって酷く美しいものに思えた。


(そうだ。愛されないなら、愛せばいい。)


 いつか、きっと出会う。

 そんな風に、強く深く愛せる運命の人に。

 例え愛されなくても、その人を深く心から愛せればいい。


 しかし、そんな葉菜の願望を、母はあっさり否定した。

 父との夫婦関係がうまくいっていない分、母は現実をよくわかっていた。

 そして、母の言葉は正しかった。


 大学で、初めて彼氏が出来た。

 フィーリングが合う、ちょっと変わった、穏やかな雰囲気の二つ上の先輩。

 周りからはお似合いだと言われ、彼も葉菜を好きでいてくれた。

 だけど葉菜は、すぐに「付き合う」という行為そのものが面倒くさくなってしまった。

 彼の為に時間を割いたり、機嫌をうかがい彼に好かれるように振る舞おうとしたりといったこと全てが嫌になった。

 フィーリングが合う故に、父や自身の嫌な部分を彷彿させる部分を彼も持っており、それがまた葉菜に彼を厭わせた。

 付き合って1年で、別れた。彼が奥手だったが故に、体の関係が最後まで至らない、清い交際だった。


 社会人になって、そんな家庭のしがらみを振り切る意味もあって、都会へ就職した。

 変わりたいと思った。変われると思った。だけど、葉菜は変わらなかった。

 逃げてきたはずの場所は、駄目な葉菜にとっては、元々の居場所よりも辛く苦しい場所だった。


「お前には、愛がない」


 ある日、上司に言われた一言に、どきりとした。


「愛の反対は無関心だというだろう?お前は無関心の固まりだ。人にも物にも関心がない。だから気もつかえない。先輩からも可愛がられない。好奇心を持って業務を覚えようとしないから、仕事ができない」


 何も言い返せなかった。

 それはあまりにも当たっていた。


(自分は、誰も愛せない)


 自分以外の人間に関心を持って、愛を注ぐことができない、欠落した人間なのだと思い知らされた。

 いつだって自分のことばかりの、冷たい人間なのだと。


 そんな人間、誰からも愛されるわけがない。

 よしんば愛してくれる人がいても、最終的に自分から拒絶するのだろう。かつての彼氏のように。


(私はなんて、淋しい人間なのだろう。)


 その夜葉菜は、部屋で一人声を上げて泣いた。


 泣いて、そして諦めた。自分はそういう人間なのだから、仕方ないと自分に言い聞かせていた。


 それでも、葉菜の中には「誰かを愛したい」という思いが、いつでも燻っていた。



 だからこそ、葉菜の中に芽生えたザクスへの想いは、まるで奇跡のようだった。


 自分自身を犠牲にしても誰かを助けたいと、そんな風に思える日が来るとは思ってもいなった。


 自分がそんな感情を抱けたことが、こんな自分でも誰かを、ザクスを愛せたことが、どうしようもなく、嬉しい。


 これが、真実の愛だなんて大それたことは言わない。

 愛は人それぞれで、何が真実かなんて答えはない。

 葉菜は否定したが、ネトリウスが行った愛も、また彼にとって真実なのだろう。

 葉菜のザクスに向ける感情自体、そもそもただの依存心なのかもしれない。

 悲劇的な状況に酔っているだけなのかもしれない。


 それでもいいと思う。


 この感情がどんな種類のものであろうと、葉菜がザクスに自身の魔力全てを渡してでも、生きて欲しいと思ったことは、事実だ。


 そしてその事実が、溜まらなく幸せだった。


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