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異界山月記 ‐社会不適合女が異世界トリップして獣になりました‐   作者: 空飛ぶひよこ
終章

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獣の救出劇1

※7月11日に「獣の覚悟2」を加筆修整致しました。本筋は変わっておりません。

 目を開くと、葉菜は王宮の上空にいた。


 重力に従って体が落下していくのを感じた途端、葉菜は後方に向かって勢いよく炎魔法を発動させる。

 放った炎の勢いは、葉菜を空中で前進させた。絶え間なく炎を放ちながら、葉菜は宙を駆ける。


 眼下で、集まった何千もの人々が葉菜とフィレアの出現に驚きの声をあげているが、気にしている余裕はない。


 葉菜は真っ直ぐに、ザクスがいるであろうバルコニーを目指す。



 葉菜がバルコニーにたどり着いた頃には、襲撃は既に終わっていた。

 倒れ臥している兵士達。ゴードチスは中央で、苦悶の表情で絶命していた。

 バルコニーを染める血の赤が、襲撃の激しさを物語っている。


 バルコニーの隅の、他の死体から少し距離があいたところに、ザクスは倒れていた。


「っザクス!!」


 葉菜は駆け寄って、ザクスの状況を確かめる。

 倒れたザクスは葉菜が声をかけても反応を返すことはなかったが、その胸は僅かに上下しており、ザクスが呼吸していることが見てとれた。目立つ外傷もない。

 一先ず最悪の事態は免れたことに、葉菜はホッと胸を撫で下ろす。


 しかし葉菜から降りて、ザクスの様子をみたフィレアの表情は険しかった。


「魔力袋が破れて、体内の魔力が空気中に放出されてやがる…」


「……え」


「こいつに一度魔力供給をしてみろ」


「う、うん」


 フィレアの言葉に葉菜は、ザクスに前足をあてる。


「魔力を放出して、触れた箇所から流れこむイメージをすりゃいいだけだ。」


 葉菜は一つ頷くと、自分の魔力がザクスの中に移っていく様を思い浮かべる。

 体の中を魔力が移動しているのが、感覚で分かった。



「駄目だ…入れた端から魔力が抜けていきやがる…」


 フィレアは舌打ちを一つついて、強いまなざしを葉菜に向けた。


「魔力袋が破れて助かった奴はいねぇ…あと半刻も持たねぇだろうな」




(――ザクスが、死ぬ)


 葉菜の目の前で。


 何の成す術もなく、死んでしまう。



 葉菜の中で絶望が広がる。


(イヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダ)



 絶望と共に、体内の魔力が膨張しざわめくのが分かった。

 このままでは魔力暴走を起こしてしまう。

 心を静めて止めなければ。頭の片隅ではそう分かっているのに、止められない。

 魔力が葉菜の中を暴れだす。


 この暴力的な流れに身を任せてはさまえば、葉菜はザクスを失う絶望を感じなくてすむのかもしれない。


 そんな甘い誘惑が脳裏をよぎった途端、意識が遠くなり――



「ハナ」


 自分の名前を呼ぶ声と、首もとを引っ張られる感覚に、葉菜は我に返った。


「あ…」


「あ…じゃねぇ、ボケ!!魔力暴走起こすなっつったろーが!!本気で首締めて落とすぞ。あぁ!?」


「ご、ごめん。ありがとう、フィレア」


(危なかった…!!)



 完全に魔力暴走モードに入っていた。

 止めてくれたフィレアには、感謝してもしきれない。



(だいたい、絶望するのはまだ早い)


 ザクスは、まだ死んでいない。

 諦めて絶望するには、早過ぎる。



(――考えるんだ)


 魔力コントロールを習得した時も、転移魔法で檻から脱出した時も、葉菜は絶望的な状況を「考える」ことで、脱してきた。

 考えることを放棄し、諦めたら、今の葉菜はいなかった。



「考える」



 かつての葉菜はその行為どうしようもなく苦手だった。否、今でも苦手だ。

 世の中、考えてもどうしようもないことが多過ぎて。考えてもどうしようもないくらい、突き詰めれば絶望してしまう程、自分は駄目な部分が多すぎて。

 考えず、思考を放棄してしまうことが安寧であり、葉菜の精神安定の術だった。それが一番楽だった。



 だけど、今の葉菜は知っている。

「考える」という行為が、もたらす意味を、そしてその成功を身を持って体感している。

 思考の放棄はただの逃避で、状況が良くなるどころか悪化する一方であることも、重々承知している。



 葉菜は考える。




 考えることを諦めることは、もうやめた。

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