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異界山月記 ‐社会不適合女が異世界トリップして獣になりました‐   作者: 空飛ぶひよこ
終章

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獣と覚悟2

※7月11日 加筆修整しました。本筋は変わっていません。

「――そして、てめぇが魔力暴走をやらかすことは、糞太子の名を汚すことにもなる」


 フィレアは容赦なく言葉を続ける。


「ただでさえ、あいつは『枯渇人』というだけで、先の戦いの功績があっても、評価は低い。魔力と縁が薄い一般大衆にはそこそこ人気があるみてぇだがな。だが、あいつの死によっててめぇが魔力暴走をやらかしたら、あいつの評価はそれこそ地に落ちるだろう。『死してなお災厄をもたらす呪われた皇太子』としてな」


 フィレアはそう言ってエネゲグの輪を掴んだ手を離した。

 地面に落とされ、咳き込む葉菜を感情の読めない目で静かに見下ろす。


「仮とは言え、てめぇは『従獣』だ。主に、仕え尽力する存在だ。かつて、同じ従獣だった立場から言ってやるよ。そんな事態をひき起こす奴は、最低の従獣だ。従獣と言えねぇ。自分を律する覚悟がねぇなら、あいつが死んで主従契約が破棄されるのを待った方がいい」


(そうか…フィレアとジーフリートは主従関係を結んでいたのか)


 葉菜から見ても心から信頼し合っていたように見えた二人。

 その背景に、主従契約があったことをフィレアの言葉で初めて葉菜は知った。

 だけど言われてみれば酷くしっくりと当てはまった。

 契約という魂の絆で結ばれた二人。

 葉菜とザクスのような一方的な仮契約ではなく、互いに覚悟を決めて正式な主従関係を結び生きてきたフィレアとジーフリート。

 そんなフィレアの言葉だけに、その言葉はとても重く葉菜に伸し掛かる。


 ジーフリートは死んだ。


 だからこそ、フィレアは主をなくす悲しみを、嘆きを、誰よりも知っている。

 そんなフィレアが、葉菜に耐えろと、自分を律しろと言うのだ。それだけ葉菜はフィレアの言葉を重く受け止め、真剣に深く考えないといけない。


 ザクスを失った時、葉菜は平静を保てるだろうか。


 考える間もなく、結論は出た。




「…無理だ」


 24年間生きてきて、初めて、自身の安穏を捨ててでも、傍にいたいと思った相手。


「感情の乱れは、止められない」


 そんな相手を失って、平静でなんていられるわけない。


 フィレアは俯いた葉菜を暫くじっと見つめた後、小さくため息を吐いた。


「…そうか。なら諦め…」


「だけど!!」


 葉菜は顔をあげて即座に言葉を続けた。


 けれども、それがどんなにリスクを負う危険な行為だとしても。

 見知らぬ誰かの、そして自身の命を危険に晒す行為だとしても。


「諦めたく、ない!!」


 僅かな可能性があるなら、縋りたい。

 自分が行くことでザクスが助かるかもしれないなら、縋りたい。


「ザクスを助けに行くことを、諦めたく、ない!!」


 失えば我を忘れる程大切になってしまった人の命を、諦めたくない。


 諦められるはずがない。




「――っいやだいやだばっかりで通じると思ってんじゃねーぞ!!」


 葉菜の言葉に一瞬虚を突かれたフィレアは、すぐに憤怒で顔を歪めた。


「どちらかだ…っ!!諦めるか、腹を括るか。どちらも嫌だっつーなら、俺はてめぇを気絶させてでも…」


「1人じゃ、無理だっ!!」


 葉菜はフィレアの言葉を遮るように叫んだ。



「1人じゃ、無理だ!!絶望する気持ち、止められない。だから、フィレア、止めて欲しい!!」


 1人でそんな残酷な現実を突き付けられたのなら、葉菜は耐えられない。

 きっと自身の深い絶望に、そしてそれに伴う自身の絶望に飲まれてしまう。


 だけど、一人じゃないなら。

 傍で葉菜を止めて、諌めてくれる人がいるのなら。



「フィレアが、傍にいて、声を掛けてくれたら、我に返れる!!」


 どんなに感情が乱れても、葉菜にはフィレアの声なら聞こえる自信がある。


「暴走しても、『家族』の声なら、聞こえる!!聞こえたら、暴走、止められる。…それは、誓うよ!!」



 フィレアは、「家族」だ。

 ザクスとは違う意味で、大切な無二の存在だ。

 例え不死だと分かっていても、そんなフィレアの肉体を傷つけるような魔力暴走など遂行させない。



「だから、お願い。助けて……」


 語尾が尻窄みになり、掠れた。


 葉菜は、基本的に頼み事が苦手だ。


 もし断られたら、もし相手が自分の頼みごとで嫌な気分になったら、とマイナスのことばかり考えてしまい、二の足を踏んでしまう。

 相手が快く受け入れてくれたとしても、負債を負ったような重い気分になってしまう。それ故に葉菜はどうしようもない時以外は、頼みごとは避けて生きてきた。


 会社員時代に、「無能な癖にプライドが高い」と言われた要因の一つだ。



 今だって、本当は怖い。

我が儘で、決断力がない、勝手なことを言っているのは分かっている。

 葉菜の頼みは、葉菜が自身で負うべき負債を、フィレアに一部押し付けていることに他ならない。


 自分がフィレアの立場なら、嫌だ。


 そんなことを、フィレアに頼むのは、あまりに自分勝手だ。



 だけど、一人じゃ、どうしようもなくて。


 弱く、駄目な自分だけでは、ザクスはけして救えなくて。


「ザクスを…私を、助けて、フィレア…」



 葉菜は、フィレアにすがる。

 

 懇願する。


 葉菜が今の状況で心から信頼して、全てを預けられる相手が、フィレアだけだから。




「…っの糞が!!面倒事ばかり押し付けやがって!!俺はてめぇのお守りじゃねぇんだぞ!!」


「う…ごめん、なさい…」


 苦々しげに顔を歪めたフィレアは舌打ち交じりに悪態をつくと、耳を倒して項垂れる葉菜から視線を逸らした。


「…万が一声を掛けても魔力暴走止めないときは、首を絞めてでも落とすぞ…」


 告げられた言葉は、素直じゃないフィレアなりの了承の言葉だった。

 言葉の意味を理解した途端、葉菜の顔が輝く。


「…っありがとう!!フィレア」


「喜んでんじゃねぇ…ったく世話が焼ける野郎どもだ」


 大きくため息を吐くと、フィレアは葉菜をあごでしゃくった。


「おら、屈んで跨らせろ。てめぇ以上に世話が焼ける糞太子を助けに行くんだろ」


「…うん!!」


「ったく…なんで俺がここまで…」


 ぶつくさ言いながらも、何だかんだで面倒見が良いフィレアに、葉菜はこっそり笑みを漏らす。

 こちらの世界で出来た葉菜の家族は、素直でないけれど、温かくて、とても優しい。


 心から愛しく誇らしい、葉菜の「家族」だ。


 葉菜はフィレアが跨ったのを確かめて、しっかりと四足を地面に着いて立ち上がった。


「さぁ、何千もの観客を前にした救出劇だ。みっともねぇところ見せて、俺に恥をかかせるなよ」


「うんっ」


「…ぜってぇ、死ぬんじゃねぇぞ…『ハナ』」


「っ…うん!!」



 初めて名を呼ばれた喜びに思わず顔が緩むが、すぐに引き締める。

 浮かれている場合じゃない。


(――必ずザクスを助けるんだ…!!)


 葉菜は固い決意を胸に刻み、深呼吸を一つして目を瞑った。


 目指すは、王宮。


 戴冠式が行われているバルコニー。


(ザクスの、元に)


 葉菜は集中力を最大限まで高めて、転移魔法を展開した。

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