獣と覚悟1
「く、苦し……」
「良く聞け…てめぇは今まで、二度魔力暴走をやらかした」
喉をのけぞらして葉菜は喘ぐが、フィレアはそんな葉菜の訴えを黙殺する。
「一度目は、虎に変わって盗賊どもを一瞬で噛み殺した。二度目は知らねぇが、最悪の事態になる前に止められた。だが、三度めはどうなる?」
「…っ」
葉菜は、息苦しさも忘れ、小さく息を飲んだ。
一度目は無我夢中で、それを魔力によるものだとさえ、自覚していなかった。自覚しないまま、気が付けば全てが終わっていて、葉菜は虎に変じていた。
だが、二度目の魔力暴走。
葉菜は、それがいかに危険な行為か知っていながら、我を忘れて感情に身を任せていた。
もし、あの場でネトリウスがとりなしてくれなければ、今頃自分は、そしてあの場にいた人々はどうなっていたのだろうか。考えるだけで身震いする。
そして、三度目。
もし、ザクスが目の前で命を落とした時、もしくは既に命を落としていたとしたら、葉菜は自身の感情の暴走を止められるだろうか。
「魔力暴走を犯した穢れた盾の話をしたな。あれは誇張でも何でもねぇ、事実だ。――そしてその時の爆発で、その場にいて巻き込まれた数十名も一緒に弾け飛んだ」
魔力暴走を犯して、体内魔力が膨張し、木端微塵に吹き飛んでしまった穢れた盾の話。
その暴走に巻き込まれた者がいたことなど、考えもしなかった。
だけど考えてみれば、当たり前だ。
肉体が国中に散らばるような、強い爆発ならば、周りを巻き込んでも何ら不思議はない。
(そういえば、止めに入ったネトリウスも言っていた)
葉菜があのまま魔力暴走を起こせば、城ごと吹き飛んでしまうだろう、そうあの時ネトリウスは言っていたではないか。
自分のことばかりで、それに巻き込まれるかもしれない犠牲者のことなど、きちんと考えられてはいなかった。
「戴冠式には、何千もの民か集まる。てめぇが魔力暴走を犯して、過去の穢れた盾のように吹き飛んだ場合、恐らく全員が巻き添えを食らって吹っ飛ぶぞ。助かるのはてめぇの魔力に対抗できるだけの強力な結界が張れる僅かな人間と、不死の俺だけだ」
自分が起こしうるかもしれない事態の余りの大きさに、葉菜は愕然とする。
自分の感情一つで、それだけの人の命を奪うかもしれないのだ。
そして、命を奪われた人間に関わる数多の数の人々の人生を狂わせることになるのだ。
正当防衛から盗賊数名の命を奪ったのとでは、訳が違う。
それは、葉菜にとってあまりにも重い。
そしてそれだけの犠牲を代償に、葉菜が得るものは「自身の死」だけだという事実が、葉菜をどうしようもないほど恐怖させる。
「俺は人間がどれだけ死のうが構わねぇが、ジーフリートの遺言だけは守りてぇ。魔力暴走を起こして、てめぇが死ぬかもしれねぇ以上、絶対に戴冠式行かせねぇ」
そう言ってフィレアは葉菜の眼を真っ直ぐ見据えた。
「どうしても糞太子を助けに行くっつーのなら、覚悟を決めろ!!どんな事態に陥っても絶望せず、平常心を失わねぇ覚悟をっ!!そして、それを俺に誓え!!それができねぇのなら、俺はてめぇが糞太子の元に行くのを絶対に許さねぇ!!」
フィレアが言う言葉は、正しかった。
魔力暴走を起こさないと確信を持てないならば、葉菜はザクスの元に行ってはいけない。
ザクス一人の命と、何千もの人間の命。
天秤にかけるまでもなく、後者を重視するべきだ。
それが葉菜自身の命すら犠牲にするかもしれないのなら、猶更。
二度目の魔力暴走。
あれは、ゴードチスがザクスを愚弄して傷つけたが故に起こったことだ。
たかがそれだけのことで、葉菜は我を忘れた。
ザクスの命まで奪われた場合、暴走がどれほど大きいものになるか、葉菜でさえ予想がつかない。
ザクスの死に絶望した結果、葉菜が、数多の人々を巻き込み命を奪う大災厄に変じてしまう事態は大いにありえた。




