獣と脱出3
フィレアは葉菜の腕に手を置いて、自身の魔力を同調させる。
「またがっても、いーよ?」
「……触れる面積が変わっても魔力同調には影響がねぇからいい」
自分に跨がるフィレアの様子を想像すると、物語のキャラクターのようで格好よさそうだったので、少し残念である。
フィレアが触れた箇所から何か温かいものが流れこんでくるような感覚がする。少しくすぐったい。
「よし、こんなもんか」
フィレアは葉菜は中に流れ込んだ自身の魔力を眺めるように、葉菜の全身を見回して一つ頷いた。
「戴冠式は王宮のバルコニーで、集まった一般階級市民を見下ろしながら行われる。王宮を想像しながら、糞太子の元に行きてぇと強く念じろ。舵は俺がとってやる」
「分かった!!」
「転移魔法は魔力の消耗量も多い。まずは鍋一杯分の魔力を使うつもりでやってみろ」
「うん、やってみる…っ!!」
葉菜は深呼吸して、ゆっくりと目を瞑る。
(ザクスの、元に)
それだけを考えて、魔力を展開する。
目を開くと、そこは森だった。
「っ!?どこ、ここ」
「ネウトの森だ!!アホ。西に逸れすぎだ!!もっと東を意識しろ」
「東、どっち!?」
「あっちだ!!」
フィレアに指を指された方を意識しながら、魔法を展開する。
次に葉菜たちがいたのは、海の真上だった。
「うわっ!?落ちる!!落ちる!!」
「魔力量多すぎだ!!すぐにカップ2杯分くらいの魔力量で、あっち方向に行くイメージしやがれっ!!」
「う、うん!!」
次に葉菜たちがいたのは、後宮だった。
見慣れた景色にホッと胸を撫で下ろす。
「あとは、カップ半分分くらいの魔力量のイメージでいい。だが、恐らくさっきの海上みてぇに宙に投げ出される可能性はある。そん時は後ろに向かって火魔法を展開しろ。放射を強くすれば、十分宙を駆けられる」
「フィレアは?飛ぶの?」
「………人前で羽を見せたくねぇから、最後は股がらせろ」
(やった。白虎に股がり宙を駆ける麗人の図が…)
「……ろくでもねぇこと考えてるだろ」
「マサカ、ソンナハズ」
緊張感の薄いいつものやり取りの後、フィレアは急に真顔になり、橙色の瞳で葉菜を真っ直ぐに射抜いた。
「――戴冠式の場に行く前に言っておく。覚悟を決めておけ」
低い声で告げられた言葉に、心臓が大きく跳ねた。
「覚悟?ザクスを助けに行く覚悟なら、とっくに…」
「ちげぇ。分かってんだろ?」
フィレアから視線を剃らしながら、早口に告げようとした言葉はフィレアから断ち切られた。
とぼけることも、現実から目を反らしたままでいることも、フィレアは許してくれない。
「着いた頃には、糞太子がとっくに死んじまっているかもしれねぇことを、受け入れる覚悟だ」
葉菜が敢えて考えないふりをしていた、残酷な可能性を突き付ける。
「…っ死んでなんか、いない…」
葉菜は一瞬言葉に詰まってから、フィレアを眥をあげて睨みつける。
そんな、はずはない。
そんな、未来は、来るはずがない。
認めたくない可能性に、葉菜は聞き分けない子どものように、首を横に振った。
「……ザクスは、死なない…っ!!」
その言葉が何の根拠もないものだと分かっていながら、なお葉菜は言い募る。
認めたくなかった。
認められなかった。
ザクスが死んでいるかもしれない可能性を認めれば、それがそのまま現実になってしまいそうで、怖かった。
フィレアはそんな葉菜の様子に溜め息を吐いた。
「……もし覚悟を決めねぇのなら、俺はてめぇが戴冠式へ向かうのを全力で邪魔をする。恨まれようが、その結果糞太子が死のうが、絶対に行かせねぇ」
「何で!?早く行かなきゃ、ザクスが!!」
「ってめぇが『穢れた盾』だからだよっ!!」
抗議の声をあげた葉菜に、フィレアは憤怒の形相で掴みかかった。
掴まれたエネゲグの輪は葉菜の首元を圧迫し、葉菜は潰された蛙のような声をあげた。




