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異界山月記 ‐社会不適合女が異世界トリップして獣になりました‐   作者: 空飛ぶひよこ
終章

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獣と脱出2

 コントロールは上手くできずとも、一度習得した火の魔法と身体強化魔法は使えた。

 ならばきっと、転移魔法だって同様なはずだ。

 葉菜は、黙って目の前の檻を睨み付ける。

 必要なのはイメージだ。

 檻の外にいるイメージと、それに必要なだけの魔力が自身の体を覆って作用するイメージ。

 いくら稀少な魔法だろうと、一度出来た魔法だ。出来るはず。


「っああああああああ!!!!」


「っおい!!大丈夫か!?」


 魔法を展開した瞬間、転移距離を誤った葉菜は檻に叩きつけられた。

 途端、全身を焼かれるような苦痛に葉菜はのた打ち回る。

 駆け寄るフィレアに、葉菜は息絶え絶えながらも、ゆっくりと身を起こして見せた。


「大丈夫…転移は、できた」


 葉菜は少しも体を動かしていない状態のまま、檻にぶつかっていた。僅か数十センチの距離ながら、確かに転移魔法は成功していたのだ。

 失敗したのは使用する魔力量のイメージ。多すぎないように調整した分、逆に魔力が余りに少なすぎたようだ。距離が距離だけに、難しい。


 葉菜は大きく息を吐き、今度は先程よりほんの僅かに多く魔力を使用するイメージを描く。

 そんなに多くする必要はない。計るなら、小さじ1杯分の魔力量を加えるだけでで十分だ。

 葉菜は強く目を瞑って、自身が檻の外にいるイメージを浮かべた。


 (大丈夫だ。自分なら、出来る。)


そんな確信があった。



「――出来た」


 眼を開いた瞬間、葉菜は檻の外にいた。

 魔法の成功の余韻に、ほおっと息を吐くものの、すぐに気を引き締める。

 ここでぼんやりしている暇はない。


「あとで、助けに、来る!!待ってて」


「…待てっ」


 急いでザクスの元まで転移魔法を展開しようとした葉菜を、フィレアが引きとめた。


「…てめぇが転移魔法を使えるなら、魔力を同調させれば、俺も一緒に移動できる。てめぇの魔力量を見て調整することも、コントロールの狂いも正せる…傷を負うことがあっても、癒せる。だから、俺も連れて行け」


 真剣な表情で告げられた言葉に、熱いものが込み上げてきた。


「フィー…」


 思わず口にした名称に、フィレアは気まずげに視線を逸らす。


(…そういえば、偽名名乗ってたし、正体隠してたね)


 もうすっかりフィレアの正体に気づいていた葉菜としては衝撃の事実でも何でもなかったのだが、正体を偽っていた(というか隠していた)フィレアとしては居た堪れないだろう。

 葉菜は再び転移魔法を使って、檻の中に戻る。今度は簡単に成功した。

 フィレアに近寄って、俯いている顔を下から覗き込む。


「大丈夫、知ってた」


「…は?」


「レアル、フィーなこと知ってたよ」


「………っはあ!?」


 葉菜の言葉に、瞬時にフィレアの顔が真っ赤に染まる。

 その姿が余りに愛らしくて、葉菜はこんな状況にも関わらず胸がきゅんと高鳴るのを感じた。


「え、おま、なんで」


「だって色、同じ。名前、似てる。私、心配してくれる。気付くよ、普通。」


「っ心配なんかしてたわけねぇだろーが!!するわけねぇだろ!!ただジーフリートが、自分が死んだら頼むとか、ふざけたこと抜かして死にやがったからっ、てめぇがあんまりふがいねぇからっ…」


「うん、わかってるよ」


 どこまでもツンデレなフィレアに思わず笑みが漏れた。


「わかってるよ。フィーなら、そう言う思ってた。だから、言わなかった。」


 言えば恥ずかしがって否定するだろうから、きっと認めないだろうから、葉菜はフィレアの正体について触れなかった。

 だけど。


「本当は名前呼んで、お礼、言いたかった。」


 かつて一緒に暮らしていた時は、嫌がって呼ぶことを許してくれなかった、その名を。


「気に掛けてくれて、お城来てくれて、魔力コントロール教えてくれて、嬉しかった」


 あの時、フィレアがいなければ、きっと葉菜は今でも魔力コントロールを習得していなかった。


「ありがとう、フィレア。――だいすき」


 葉菜の言葉にフィレアは、赤い顔をさらに真っ赤にさせて息を飲む。

 そしていつもの不機嫌そうな顔で、そっぽを向いた。


「…名前で呼ぶなって、何回も態度で示しただろうが」


「うん、何回もつつかれたね」


「勘違いすんじゃねぇぞ。俺が今からお前に着いていってやるのも、ジーフリートの遺言だからだ。別にてめぇの為じゃねぇ」


「うん、分かっている」


「だけど…」


 フィレアは一瞬の逡巡の後、葉菜の方を見ないまま、小さく付け足した。


「だけど…今のてめぇになら、名前で呼ばれてやっても、いい」


 温かいものがいつかの訓練の後のように、全身に広がるのが分かった。

 嬉し涙で目の前が、霞む。


 ようやくフィレアと、「家族」になれた気がした。


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